刀さに短編集

「俺は、いつか、主を殺してしまうかも知れない」

 そう呟いたのは真白い衣装を身に纏う雪の化身のような神様。

「いつか、その細い首を折ってしまうかも知れない。いつか、その胴体を離してしまうかも知れない。いつか、その両の目を隠すように潰してしまうかも知れない」
 それを俺は恐ろしいと思う。嫌だとも思う。

「なのに主が、他の男を見ているのは嫌だ。気も狂わんばかりに心の臓が痛む。なあ、主よ」

 どうして俺に人の身など与えた? どうして人を慈しむ心を与えた?

「俺は、いつか主を手に掛ける俺を殺してしまいたい」

 そう吐き捨てた鶴丸国永に私は恐れよりもまず、愛おしさが増していくのを感じた。
 この刀の付喪神様は私を殺してしまいたい程に想い、そうしてその思いに悩み苦しみ、そうして私に吐き出すまでにどれほどの苦悩を抱いたのか。
 私にとったらあまりに甘い、甘やかな呪い。
 そうしてこれを聞いた私は、鶴丸国永という刀にこの身体を、命を差し出しても構わないとすら思うのだ。
 歪だと嗤われるだろうか。それとも不健全な関係だと罵られるだろうか。
 構わないとすら思うのだから、私もいよいよ絆されているのだろう。

「鶴丸」
「……なんだ。処分なら受けるぞ」
「処分? どうして?」
「……主君たるきみにこんな憎悪のような感情を向けてしまった。それはあまりに不敬ではないか」
「そうねぇ……」

 そう、鶴丸はその私にとったら甘やかな感情を『憎悪』と呼ぶのね。
 それはなんて可哀想なのかしら。でもきっと私も言わないのでしょう。
 言わないまま、このまま。いつか鶴丸国永という刀に殺されるその日まで、この刀を傍に置き続けるのでしょうね。
 こんな性悪を好きになってしまったのだもの。諦めて、全部私のものになってしまえばいい。
 鶴丸は何も悪くないのだから。悪いのは、地獄に堕ちるべきは、きっとそう思わせてしまった私という存在の方なのでしょうから。
 でも、と思う。

「鶴丸。もしも、あなたが罰を欲しているのだとしたら」
「したら?」
「私と共に、地獄に堕ちて頂戴な」
「そんな、簡単なことでいいのかい?」
「ふたりなら怖くないものね」
「そうか……、そうだな」

 鶴丸は何か吹っ切ったような顔をして、けれどもその甘い蜂蜜のような瞳にはどこか深い闇を映したまま。

「地獄への共、俺以外に任せるだなんて言わんでくれよ」
「言わないわよ、あなた以外には。決して」

 これが言霊となろうとも、私は構わない。
 初めて出逢った時に思ったの。

(この美しい神様を、私の元まで堕とせたなら、と)

 その願いは、叶ったようだけれども。きっと鶴丸は知らない。
知らない方が幸せだということもこの世界にはあるでしょうから。



【命を乞われるほど想われるなんて女冥利に尽きるでしょう】
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