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【深夜の真剣文字書き60分一本勝負】に参加させて頂きました!
お題:秘密の睦言
**
「やあ。また来たよ」
「ふふ、お待ちしていましたわ」
獣も寝静まった新月の夜。
空から地を照らす月の光が失われた日に厚いカーテンを閉じず、窓を開けておく。
そうすれば濃い闇に紛れて訪れる侵入者が一人。
「今夜は薔薇のお茶とクッキーを用意してますの。良ければ召し上がってくださいな」
「こんな時間にお茶会なんて開く人間は君くらいだろうね」
「まあ。貴方がお好きだと仰ったから用意しましたのに、片付けてしまっても宜しいのですか?」
「全く。気が早いお嬢さんだな君は。頂かないなんて言っていないだろう」
「でしたら意地悪を言わないでくださいな」
「はいはい」
苦笑いを浮かべた侵入者は窓枠に掛けていた腰を上げ、紅茶とクッキーが乗せられた盆があるテーブルへと足を向ける。
私も彼に付いて窓から離れ、テーブルへと向かう。
用意した二つの椅子にお互いが座り、私は良い色合いに染まった紅茶をカップに注いだ。
「まるで血の色のようだね」
「ふふ。だからお好きなのですか?」
言われてみれば、薔薇から作られた紅茶は血の色のようだ。
だからそう訊けば、「いいや。ただ好きなだけだよ」と返された。
これが本当の言葉なのかどうなのか、私にとっては少しばかり長い付き合いであったとしても計り知れない。
何百年と孤独に過ごした人外の心情を知ろうとした所ではぐらかされて終わりだと言うのは身に染みている。
だから、「そうですか」とだけ言って笑みを返した。
「美味しい紅茶だね」
一口、口に含んだ彼が言う。
「当たり前ですわ。私が淹れた紅茶ですもの」
「はは。君のその自信はどこから来るんだい?それとも、初めて君の紅茶を飲んだときの話をされたいのかな?」
「あれはもう時効です!」
「苦くて酸っぱくて、とにかくあんなにも不味い紅茶を僕は初めて飲んだよ」
「だから!時効だと言っているではありませんか!」
彼の言葉に頬を赤らめながら抗議する。
自分でも忘れてしまいたいことを、どうして振り返すように話すのか。
彼はクツクツと喉を鳴らして笑う。
「わかったわかった。僕が悪かったから少し声を抑えなさい。家の者に逢い引きがバレてしまうよ」
「……あなたが原因ではありませんか」
逢い引きという言葉にドキリと心臓が鼓動を打った。
けれど知られまいと平静を装う。
「そうだったかな?」
「そうですよ」
そう言って唇を少し尖らせる。
彼はやはり笑って「ごめんごめん」と謝った。
「でも、君の紅茶を淹れる腕は確かに上がったよ。このクッキーもとても美味しい」
「まあ。本当ですか!」
「僕が嘘を言った事はあるかな?」
「数えきれないくらい沢山ありますわ」
彼に吐かれた嘘の数々を語って見せれば、「君は良く覚えているね」と感心したように言われてしまった。
「でも、この紅茶が美味しいのは本当だよ。これでいつでも公爵の所に嫁いでいける」
「……そのお話は止めにしようと、前に言ったではありませんか」
「そうだね。でも、大事なことだろう?」
君にとっても、僕にとっても。
「……あなたは、私があの方の元へと嫁いでも、何とも思いませんの……」
「決まってしまったことに対して、君は僕に何て言って欲しいのかな?」
「……何でもありませんわ。忘れてくださいな」
「では、そうしよう」
そのまま彼は笑って私が淹れた紅茶を飲み、クッキーを食べる。
私も今の会話なんて無かったかのように振る舞って、彼と会わない間に起きた出来事を話した。
そうしている間に、夜は開けていく。
「そろそろ朝日が出そうだね。今日はこの辺りでお暇するよ」
「はい。……あの、また来てくださいますわよね?」
「勿論だよ」
彼は笑って頷いた。
だから私も笑う。
「次の新月に、また君に逢いに来るよ」
彼は私の髪を一束掬うように取ると、そこに口付けをした。
「……お待ちしておりますわ」
私の言葉に微笑みを浮かべた彼は、窓枠に足を掛けると、蝙蝠のような羽を広げて飛び立っていった。
次の新月も。その次の新月も。
あなたが訪ねて来てくださるのを。
何度も。何度だって。私は待つのだろう。
私が公爵の元へ嫁ぐその日が来るまで。
あと何度、逢えるのだろう。
嫁いだとして、あなたは逢いに来てくれますか?
いつも別れ際にされる髪への口付けの意味は何なのですか?
それを訊いてしまったなら、この秘密のお茶会は無くなってしまう気がして。
未だに訊ねられずにいる。
「また、また、逢いに来てくださいませね」
祈るように、闇に向けて言葉を放つ。
いつか終わりが来るとどこかで分かっていながら、それでもと。
それは誰にも告げてはならない秘密の睦言。
【新月のお茶会】
お題:秘密の睦言
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「やあ。また来たよ」
「ふふ、お待ちしていましたわ」
獣も寝静まった新月の夜。
空から地を照らす月の光が失われた日に厚いカーテンを閉じず、窓を開けておく。
そうすれば濃い闇に紛れて訪れる侵入者が一人。
「今夜は薔薇のお茶とクッキーを用意してますの。良ければ召し上がってくださいな」
「こんな時間にお茶会なんて開く人間は君くらいだろうね」
「まあ。貴方がお好きだと仰ったから用意しましたのに、片付けてしまっても宜しいのですか?」
「全く。気が早いお嬢さんだな君は。頂かないなんて言っていないだろう」
「でしたら意地悪を言わないでくださいな」
「はいはい」
苦笑いを浮かべた侵入者は窓枠に掛けていた腰を上げ、紅茶とクッキーが乗せられた盆があるテーブルへと足を向ける。
私も彼に付いて窓から離れ、テーブルへと向かう。
用意した二つの椅子にお互いが座り、私は良い色合いに染まった紅茶をカップに注いだ。
「まるで血の色のようだね」
「ふふ。だからお好きなのですか?」
言われてみれば、薔薇から作られた紅茶は血の色のようだ。
だからそう訊けば、「いいや。ただ好きなだけだよ」と返された。
これが本当の言葉なのかどうなのか、私にとっては少しばかり長い付き合いであったとしても計り知れない。
何百年と孤独に過ごした人外の心情を知ろうとした所ではぐらかされて終わりだと言うのは身に染みている。
だから、「そうですか」とだけ言って笑みを返した。
「美味しい紅茶だね」
一口、口に含んだ彼が言う。
「当たり前ですわ。私が淹れた紅茶ですもの」
「はは。君のその自信はどこから来るんだい?それとも、初めて君の紅茶を飲んだときの話をされたいのかな?」
「あれはもう時効です!」
「苦くて酸っぱくて、とにかくあんなにも不味い紅茶を僕は初めて飲んだよ」
「だから!時効だと言っているではありませんか!」
彼の言葉に頬を赤らめながら抗議する。
自分でも忘れてしまいたいことを、どうして振り返すように話すのか。
彼はクツクツと喉を鳴らして笑う。
「わかったわかった。僕が悪かったから少し声を抑えなさい。家の者に逢い引きがバレてしまうよ」
「……あなたが原因ではありませんか」
逢い引きという言葉にドキリと心臓が鼓動を打った。
けれど知られまいと平静を装う。
「そうだったかな?」
「そうですよ」
そう言って唇を少し尖らせる。
彼はやはり笑って「ごめんごめん」と謝った。
「でも、君の紅茶を淹れる腕は確かに上がったよ。このクッキーもとても美味しい」
「まあ。本当ですか!」
「僕が嘘を言った事はあるかな?」
「数えきれないくらい沢山ありますわ」
彼に吐かれた嘘の数々を語って見せれば、「君は良く覚えているね」と感心したように言われてしまった。
「でも、この紅茶が美味しいのは本当だよ。これでいつでも公爵の所に嫁いでいける」
「……そのお話は止めにしようと、前に言ったではありませんか」
「そうだね。でも、大事なことだろう?」
君にとっても、僕にとっても。
「……あなたは、私があの方の元へと嫁いでも、何とも思いませんの……」
「決まってしまったことに対して、君は僕に何て言って欲しいのかな?」
「……何でもありませんわ。忘れてくださいな」
「では、そうしよう」
そのまま彼は笑って私が淹れた紅茶を飲み、クッキーを食べる。
私も今の会話なんて無かったかのように振る舞って、彼と会わない間に起きた出来事を話した。
そうしている間に、夜は開けていく。
「そろそろ朝日が出そうだね。今日はこの辺りでお暇するよ」
「はい。……あの、また来てくださいますわよね?」
「勿論だよ」
彼は笑って頷いた。
だから私も笑う。
「次の新月に、また君に逢いに来るよ」
彼は私の髪を一束掬うように取ると、そこに口付けをした。
「……お待ちしておりますわ」
私の言葉に微笑みを浮かべた彼は、窓枠に足を掛けると、蝙蝠のような羽を広げて飛び立っていった。
次の新月も。その次の新月も。
あなたが訪ねて来てくださるのを。
何度も。何度だって。私は待つのだろう。
私が公爵の元へ嫁ぐその日が来るまで。
あと何度、逢えるのだろう。
嫁いだとして、あなたは逢いに来てくれますか?
いつも別れ際にされる髪への口付けの意味は何なのですか?
それを訊いてしまったなら、この秘密のお茶会は無くなってしまう気がして。
未だに訊ねられずにいる。
「また、また、逢いに来てくださいませね」
祈るように、闇に向けて言葉を放つ。
いつか終わりが来るとどこかで分かっていながら、それでもと。
それは誰にも告げてはならない秘密の睦言。
【新月のお茶会】