twitter企画

ワンライお題:小さな手を握って


魔王たる私が死ぬのは当然の摂理だ。
そう宿命付けられている。
私は、私が魔王になったその日に「死」を覚悟した。

魔族の誰もがなりたがる『魔王』とは、いつか私達魔族に劣る筈の人間たる『勇者』に殺される運命を担うモノが持つ名。
私は魔王になったことに不平や不満はなかった。
私は大層阿呆だったのだろう。


昔話も交えて話をしよう。
私がまだ魔王ではなかった頃。
十年程前の話。


たかだか人間が仕掛けた罠に、私はまんまと引っ掛かってしまった。


「くっ。抜けないか……」


足に絡まった鉄の罠は足の肉を抉るように食い込む。
痛覚を遮断出来る魔族も居るようだが、生憎と私はそんな芸当は出来なかった。
つまりはかなり痛い。
泣きそうになりながら私は鉄の罠を取り外そうとする。
『泣き虫』だとからかわれ、同族の前では泣かなくなったが、『泣き虫』がそうそう治る訳もなく。
外れない罠に若干の諦めと、そして腹が訴える空腹に眉を下げていた。


そんな時だった。


「お姉さんどーしたの?」

「……見てわからんか。罠にハマった」

「そりゃ、見てわかるけど。どうしてこんな森深い場所に来ちゃうのさ。罠があるのは当然デショ?」

「……何でもない」


今現在、『当代魔王』からの遊びで『次代魔王』を決定する競技に参加しているだなんて、こんな姿では意地でも言えなかった。
少年、そう。まだその頃は少年だったそいつはふぅんと呟くと、よいしょ、と罠を簡単に外してしまった。


「お前……どうやって」

「簡単だよ。僕は猟師の息子だからね。それにその罠を仕掛けたのは僕だし」


まさかそんな簡単な、子供でも出来るような罠に引っ掛かるだなんて思いもしなかったなぁ。


嫌味を言われているのだと分かってはいても、私は唇を噛み締めるだけで言い返す言葉も出なかった。


「お姉さん、魔族デショ?」

「何故分かる!?」

「あはは。だってお姉さん、耳が尖ってるし瞳は瞳孔が割れてるよ。魔族の証。何よりーー」


そこで少年か黙る。
うっそりと笑った少年は、その三日月に歪めた唇をゆっくりと開け、言った。


「僕、次代の勇者だし」

「……お前のような子供が、次代の勇者だと?」

「そうだよ。というかお姉さん人間世界に疎すぎ。次代の勇者が生まれたって知らないのなんてお姉さんくらいじゃない?」

「何故そう思う?」

「だってこの森は僕のテリトリー。力のコントロールがまだ出来てない僕に無惨に殺されちゃうかも知れないんだよ?」


少年は無邪気に笑う。
邪気のない笑顔で笑う。


(そうか。こんな幼い人間が、次代の……)


私がこの森に来た理由は、何故か当代魔王に「ここに行け」と言われたからだ。名指しで。
つまりあの男は私とこの少年を会わせようとしたということか?
私が弱いから。
さっさとリタイアしろと遠回しに言われたのだろうか?

ギュッと唇を噛み締める。
悔しい。悔しい。弱い私が悔しい。
当代魔王にすら馬鹿にされるなど。
側近としての立場を与えておきながら、見捨てられるなど。


「お姉さん」


ソッと頬が暖かくなった。


「泣かれると困っちゃうなぁ」

「……っ、な、いてない……!」

「はいはい。そーいうことにしといてあげる」


少年はせっせと私の頬に流れる涙を拭い、私はせっせと涙を錬成する。
「いい加減泣き止もうね?」と少年に促されるまで、私はずっと泣いていた。


ひとしきり泣いたせいだろうか?
頭が重だるくて、しかし心はスッキリとした。


「少年。なんと礼を言ったら言いか」

「いや、お姉さん?僕、一応次代の勇者なんだけど?お姉さんを殺すかも知れない存在なんだけど?」

「ん?ああ、そうか。……そうか……」

「ああ!もう!折角泣き止んだのに!また泣こうとする!もー……何が不満なの?お姉さん」

「不満はない。私は、お前になら殺されても構わないと思っているからな」

「何がどうしてそんな話になるのかな?」


少年が呆れたように眉根を顰める。
私は「コレだ」と言って先程まで足に食い込んでいた罠を見せた。
少年は訳がわからないとばかりに首を傾げる。


「私を助けてくれた。その礼に殺させろというならば構わん」

「何このお姉さんのぶっ飛び思考」


やれやれ、と首を振った少年は私に手を差し出す。
首を傾げてみていれば、掴んで、と言われた。
私はその通りにする。警戒心無さすぎ、と苦笑いをされた。
よいしょ、と引かれて立ち上がる。
少年は私の足を確認して、傷口は塞がってるねと言う。


「魔族は治癒が早いからな」

「それでも、もうこの森に入っちゃダメだよ」

「……それは、出来ん」

「どうして?」

「私は当代魔王より、この森の中で一週間過ごせと言われている」

「なるほど。命令されてるから逆らえない、と」

「そういうことだ」

「じゃあウチ来る?」

「は?だから私は、」

「僕の家、この森の中なんだよね」



ーーそれが少年との出会い。
私は一週間をその少年の元で過ごした。
蹴落とし蹴落とされの魔王の座を狙うモノ達は、少年が言ったように一匹も現れなかったが、その代わり私は少年にこき使われていたような気がする。


別れの日。
私は泣かなかった。
ただ少年の小さな手を握って、唇を噛み締めるだけで留めたのは、我ながら偉いと思いたい。
少年は苦く笑っていたけれど、最後に言った言葉を、私はハッキリと記憶している。


「お姉さんが魔王になったら、僕が殺してあげるね」


その言葉に、私は魔王なんぞにはなれぬよと返したけれど。
帰ってきてみれば、私ともう一匹の魔物だけが残っていて。
仕方ねぇから決闘でもしろ。
との命に従い、


ーー結果私は、見事に勝ってしまった。


晴れて魔王が入れ替わる
それは当代魔王が『死ぬこと』を意味していた。
やってくる勇者を前に、当代魔王はぼそりと言った。


「お前のこと、見くびってたわけじゃねぇけど。お前が勝って魔王になって、俺は結構嬉しいぜ」


まあ。がんばれ。
それが最期の言葉だった。


そうして今度は私の番がやってきた。
私の心は驚くほどに落ち着いている。
何せ殺しに来てくれるのは、あの少年なのだから。

青年の見た目になった少年はニコニコと笑いながら、私の前に立つ。
少年のあの小さかったその手は大きくなり、眠るときに私の手を握っていた少年は、魔力が籠められた剣を握っていた。


「少年。久し振りだな」


さあ、私を殺してくれ。
16/16ページ