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【深夜の真剣文字書き60分一本勝負】に参加させて頂きました!
お題:欠けた愛、夢にまで見た
**
欠けてしまった。
そう呟いた彼女は、とても儚かった。
「欠けて、しまったのです」
困ったような顔をする彼女に僕も困って眉を下げる。
「何が欠けてしまったの?」
本当は分かっている。
分かっていて、聞いている。
「……それは、とても大切に感じていた“ナニか”、でしょうか……?」
確かめるように発せられた言葉に、ああ、やっぱりと心の中で頷いた。
彼女は失ってしまったのだ。
大切な心の一部であり、何より大事にしていたモノを。
「それは、とても寂しいですね」
「寂しい、のでしょうか?」
「貴女はそうは感じませんか?」
「……わかりません」
わからないのです。
迷子になってしまった子供のような瞳、それを隠すように伏せた彼女は胸の前で拳を作る。
震える睫毛が彼女の元々あった儚さを助長させるかのように感じた。
「大丈夫ですよ」
「……え、」
「欠けてしまったということは、きっと貴女にとっては大して大切だったモノではなかったんですよ。だから、そんなに自分を責めないで」
「……そう、なのでしょうか?」
「はい。きっと」
にこりと彼女を安心させるように微笑んだ。
彼女は僕の言葉に、ようやく肩から力を抜いたようだ。
「そう、ですよね。簡単に欠けてしまったのですもの。貴方の言う通り、大切なものではなかったのかも知れませんね」
「そうですよ」
更に笑みを深めて同意する。
そのまま冷めてしまった彼女のお茶を新しく淹れ直した。
「さあ、今度は冷めてしまわない内にどうぞ。貴女の為に用意した特別なお茶なので、飲んでくれると嬉しいな」
「まあ、ありがとうございます」
眦を下げて礼を言う彼女は茶器にゆったりとした動作で口を付けた。
「――味はどうですか?」
「凄く美味しいです。……でも、」
「どうしました?」
「……いえ、このお茶、前にも飲んだことがあるような気がして」
可笑しいですよね?
「貴方とお会いするのは、今日が初めてですのに」
「……そうだね。きっと、似たようなお茶を飲んだことがあるだけだよ」
そうですよね。
そう呟いた彼女はとても愛しいものを見るかのような瞳をしながら、美味しそうにお茶を飲む。
そんな彼女を見ながら、僕もお茶に口を付ける。
(『前にも飲んだことがある』か、それはそうだろうね)
だって僕は何度も、何度も、彼女にこのお茶を淹れたのだから。
その度に彼女は僕のことを忘れている。
会う度に言われた「初めて会う」という言葉には、もうとっくに慣れてしまった。
(――なんて、嘘だけど)
忘れられることは怖いし、悲しい。
けれどこれで良いとも思っている。
だって今の、彼女とただ笑ってお茶を飲むこの関係を、僕はずっと願って、願って、やまなかった。
願い続けてようやく手に入れたのだ。
この、夢のような現実を。
(僕はもう二度と、君を無くしたくない)
その為だったら、なんだってしてやるさ。
例えばそれが、たった一日しか持たない幸せでも。
何度君に忘れられてしまっても。
それでも、僕にとっては、
【夢にまで見た、幸せな世界なんだ】
涙に濡れた頬を隠さずに、
君は笑いながら囁いた。
『わたくしは、本当に貴方を愛しているのですよ……?』
――こうすれば、貴方は信じてくださるのですね?
そう言って、手に持っていた短剣で君は自分の喉を掻き切った。
『僕を愛しているなら、死んで見せろ』
そんな言葉を鵜呑みにして、彼女は僕の前で本当に死んで見せた。
本当は分かっていた。
彼女がどれだけ僕のことを愛してくれていたのか。
――知っていたのに。
だって同じだけ僕も彼女を愛していたんだから。
信じていれば、失わなかったのだろうか?
そう、どんどん冷たくなっていく彼女を抱き締めながら思っていたら、不意に“ナニか”が現れた。
『――大切だったの?』
『……大切だったよ』
『もし、彼女が生き返るなら、何を代償にしても良いと思うくらい?』
『……そうだね。彼女ともう一度幸せな時を送れるなら、何を失ってもいい』
『――なら、叶えてあげます』
ナニを代償にしてもいい。
彼女ともう一度一緒に過ごせるなら、何を失ってもいい。
そう答えて、瞬きを一つしたら、彼女が居た。
何も覚えていない、僕を知らない、僕を愛していない、彼女が。
それでも良かった。
生きていてくれるなら、何だって良かった。
甦った代償なのか、たった一日しか彼女の記憶は持たないけれど。
君と幸せにただお茶を飲むことを、僕はずっと続けていくのだ。
何度でも。何度でも。
だってこれは、夢にまで見た幸せな世界なのだから。
お題:欠けた愛、夢にまで見た
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欠けてしまった。
そう呟いた彼女は、とても儚かった。
「欠けて、しまったのです」
困ったような顔をする彼女に僕も困って眉を下げる。
「何が欠けてしまったの?」
本当は分かっている。
分かっていて、聞いている。
「……それは、とても大切に感じていた“ナニか”、でしょうか……?」
確かめるように発せられた言葉に、ああ、やっぱりと心の中で頷いた。
彼女は失ってしまったのだ。
大切な心の一部であり、何より大事にしていたモノを。
「それは、とても寂しいですね」
「寂しい、のでしょうか?」
「貴女はそうは感じませんか?」
「……わかりません」
わからないのです。
迷子になってしまった子供のような瞳、それを隠すように伏せた彼女は胸の前で拳を作る。
震える睫毛が彼女の元々あった儚さを助長させるかのように感じた。
「大丈夫ですよ」
「……え、」
「欠けてしまったということは、きっと貴女にとっては大して大切だったモノではなかったんですよ。だから、そんなに自分を責めないで」
「……そう、なのでしょうか?」
「はい。きっと」
にこりと彼女を安心させるように微笑んだ。
彼女は僕の言葉に、ようやく肩から力を抜いたようだ。
「そう、ですよね。簡単に欠けてしまったのですもの。貴方の言う通り、大切なものではなかったのかも知れませんね」
「そうですよ」
更に笑みを深めて同意する。
そのまま冷めてしまった彼女のお茶を新しく淹れ直した。
「さあ、今度は冷めてしまわない内にどうぞ。貴女の為に用意した特別なお茶なので、飲んでくれると嬉しいな」
「まあ、ありがとうございます」
眦を下げて礼を言う彼女は茶器にゆったりとした動作で口を付けた。
「――味はどうですか?」
「凄く美味しいです。……でも、」
「どうしました?」
「……いえ、このお茶、前にも飲んだことがあるような気がして」
可笑しいですよね?
「貴方とお会いするのは、今日が初めてですのに」
「……そうだね。きっと、似たようなお茶を飲んだことがあるだけだよ」
そうですよね。
そう呟いた彼女はとても愛しいものを見るかのような瞳をしながら、美味しそうにお茶を飲む。
そんな彼女を見ながら、僕もお茶に口を付ける。
(『前にも飲んだことがある』か、それはそうだろうね)
だって僕は何度も、何度も、彼女にこのお茶を淹れたのだから。
その度に彼女は僕のことを忘れている。
会う度に言われた「初めて会う」という言葉には、もうとっくに慣れてしまった。
(――なんて、嘘だけど)
忘れられることは怖いし、悲しい。
けれどこれで良いとも思っている。
だって今の、彼女とただ笑ってお茶を飲むこの関係を、僕はずっと願って、願って、やまなかった。
願い続けてようやく手に入れたのだ。
この、夢のような現実を。
(僕はもう二度と、君を無くしたくない)
その為だったら、なんだってしてやるさ。
例えばそれが、たった一日しか持たない幸せでも。
何度君に忘れられてしまっても。
それでも、僕にとっては、
【夢にまで見た、幸せな世界なんだ】
涙に濡れた頬を隠さずに、
君は笑いながら囁いた。
『わたくしは、本当に貴方を愛しているのですよ……?』
――こうすれば、貴方は信じてくださるのですね?
そう言って、手に持っていた短剣で君は自分の喉を掻き切った。
『僕を愛しているなら、死んで見せろ』
そんな言葉を鵜呑みにして、彼女は僕の前で本当に死んで見せた。
本当は分かっていた。
彼女がどれだけ僕のことを愛してくれていたのか。
――知っていたのに。
だって同じだけ僕も彼女を愛していたんだから。
信じていれば、失わなかったのだろうか?
そう、どんどん冷たくなっていく彼女を抱き締めながら思っていたら、不意に“ナニか”が現れた。
『――大切だったの?』
『……大切だったよ』
『もし、彼女が生き返るなら、何を代償にしても良いと思うくらい?』
『……そうだね。彼女ともう一度幸せな時を送れるなら、何を失ってもいい』
『――なら、叶えてあげます』
ナニを代償にしてもいい。
彼女ともう一度一緒に過ごせるなら、何を失ってもいい。
そう答えて、瞬きを一つしたら、彼女が居た。
何も覚えていない、僕を知らない、僕を愛していない、彼女が。
それでも良かった。
生きていてくれるなら、何だって良かった。
甦った代償なのか、たった一日しか彼女の記憶は持たないけれど。
君と幸せにただお茶を飲むことを、僕はずっと続けていくのだ。
何度でも。何度でも。
だってこれは、夢にまで見た幸せな世界なのだから。