過去拍手お礼文

指先を伸ばして数㎝。
そんな距離に先輩は居る。

くうくうと可愛らしい寝息を立てているのはいい。大変いい。
普段だった迷わず携帯を取り出し容量を気にせず写メを撮り、先輩専用のフォルダを潤わせている。
大体先輩の寝顔は俺の『先輩コレクション』の中でもレア中のレアな訳で。というか一枚もない訳で。
超欲しい。許されるなら先輩の為に買った一眼レフで思う存分撮りたい。
けれどそうしないのは、そう出来ない訳があるわけで。

先にも言った通り、先輩と俺との距離は僅か数㎝。
眠っていない状態の、つまりは普段の先輩だったなら俺を物理的に排除している距離だ。

なら何故近付けたか。
先輩が寝ていたから?

いいや違う。
先輩は夜型な生活を送っているせいか居眠りをしている事が多い。
俺はいつも先輩の寝顔を撮ろうと試みるがいつだって物理的に排除されて、先輩の寝顔を写真に納める事に失敗している。

だが今日こそはと思いチャレンジしたんだよ。
チャレンジしたんだよ。(大事なことなので二度言いました)


結果は…………うん。



「これなんて地獄?」



思わず零れた呟きは先輩を夢から起こすには至らない程に小さくて。
まるで天使そのものだと思う寝顔を見せる先輩を起こさなくてホッとした半分。
まだこの地獄が続くのかと泣きそうになる。

先輩の寝顔を見つめるだけの、寝息すら聞こえる距離に居て。
けれど少しも動けない状態。
これは新手の拷問か、それとも天国か。
いや天国ならば逸そ一思いに殺ってくれと思うくらいには辛い。

大袈裟なと思うかも知れないけれど思い浮かべて欲しい。
好きな人が直ぐ側で寝ていながら何も出来ない状況を。
……天国と地獄が同時にあるように感じないか?
少なくとも俺はそう感じる。

だって写真は撮れない。触れない。喋れない。冷めた視線を送ってくれない。おっと最後のは忘れてくれ。
ついうっかりだから。決してM気質な訳じゃないから。
ただ単に先輩なら良いかな…って思うだけで他の女にやられたら逆にこっちが蔑むように見返すから。


いや今はそんな話じゃなくて。


視線を先輩から少し下に下げれば、ギュッと制服の袖口を掴む小さくて、けれどヤンチャな事をしていると分かる傷だらけの手。
その手が掴んでいるのは俺の制服な訳で。


お分かり頂けただろうか?
いつもなら眠っていても容赦無く、いや意識が無い分いつもより加減無しに殴り飛ばされるのに、今日に限って先輩は俺の袖をギュッと握るだけ。

一瞬寝た振りでもしているのかとさえ思った。が、聞こえてくるのは微かな、けれど確かな寝息。
動いてもし先輩を起こしてしまったらと思うと気が気ではない。

まず確実に殴り飛ばされる。
いやそれは別に構わないんだけれども。
先輩から触って貰えるのってそれくらいしかないし、少しばかり腫れるくらいで済む。

むしろ先輩が本気を出せば男だろうと吹っ飛ぶ事は付き合う前の2ヶ月間付け回したから知っている。
なのでその腫れを見る度に先輩からの愛を感じてにやけが止まらない。
だからつまり、危惧しているのはそこじゃなくて。

こんな天使が全力で土下座するくらい可愛い先輩の安らかな寝顔観賞タイmじゃなくて、心地よさそうに眠っている先輩を起こすのは気が引ける。
そう、だからこれは己の欲望の為とかじゃなくて先輩の為だから。
そのついでに先輩の可愛い寝顔をちょっとガン見しているだけで他意は一切ない。
無いったらないんだよ。うん。……うん。



「……ちゅーくらいはダメかな」



ポソリと呟いた言葉は誰に聞かれるでもなく俺と先輩しか居ない静かな教室に吸い込まれて。
震動を与えないように気を付けながら、こめかみに触れるか触れないかくらいの口付けを落とす。



「……」

「……」

「おはようございます先輩。寝惚けた先輩も最高に可愛いですね!写真撮っていいですかっ?」

「……っ、!?」



ふるりと睫毛を震わせて見つめ合うこと数秒。
キスした後に起きた先輩は状況を把握すると真っ赤に染まった顔で、条件反射のように俺の腹を殴った。

それはいつもよりも力無いパンチで。照れ隠しをする先輩に対してにやけるのが止まらない。



「……、なんで居るの」



そう寝起きだからかいつもよりも不機嫌な口調で問われて、先輩が制服の袖を掴んできたからだと説明する。
途端、先輩は気まずそうな顔をして謝る。

それに「別に構いませんよ?」と笑いながら手を差し出した。
先輩は怖ず怖ずと自分の手を重ねてくれる。



「帰りましょうか」



返事はない。
けれど握り返された手が肯定の証だと、俺は知っている。


寒空の中、先輩と手を繋いで帰る道の中でふと指を絡めてみた
先輩は驚いたように顔を跳ね上げて俺を仰ぎ見たけれど、結局何も言わずにされるがままだ。
少しの高揚感を覚えたせいか調子に乗って、絡めた指をそのままに腕を前後に振り上げれば、ゴスリと脇腹に先輩の鞄がめり込んだ。
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