2013年クリスマス

私の恋人には自傷癖がある。
事あるごとに自分を傷付けては私を心配させる困った子だ。
今だってクリスマスデートに着ていく服を選んでいた背後で「スカートが短い」だの「そんな胸元がザックリ開いた服着てどうするの」だの、君はお父さんか!と突っ込みたくなるような文句を言っていたのに。
何故に少し無視をしていた間にそんなに手首から血が流れているのですかね?
パックリと開いた傷口を「わぁお」なんて言いながら眺めないで下さい。ビビりますから。


「……何やってんの」

「はるちゃんが構ってくれないから、つい」

「構ってましたよね?」

「でも無視したじゃん」

「……もうしないでとは言わないけれど、せめてベッドの上では止めようよ」


淡い水色のシーツが今や殺人現場だと言われても信じるレベルに赤く染まっている。
ああ、お気に入りだったのに。


「ごめんね?今日はここじゃ寝れないよね?だから俺の家に泊まりに来てね」

「確信犯か」


突っ込みながら、この家の至る所に常備された箱を取り出し、中から包帯と消毒液を取り出すとベッドに腰掛ける彼の隣に座り、腕を見せるように言う。
彼は嬉しそうに微笑むと素直に傷口を見せた。


「だって寂しかったんだもん」

「私は貴方とのデートの為に服を選んでいたんだけどね?」

「うん。それは知ってるよ?凄く楽しみだし。あ、でも他の男がはるちゃんの可愛い姿を見るのか……、浮かれてて忘れてた」


しまった。
なんて顔をする彼に呆れた視線を向ける。


「外でデートしたいって言ったのはそっちだからね?」

「うん。だから、しまったなぁって。……ね?おうちデートに変更しない?」

「そんな怪我されたら何処にも行けないでしょ」


大きな血管を傷付けたのか見ただけで深い怪我だと分かる。
出血も酷いのでどうせ軽い貧血にでもなっているだろうし。
そんな状態で外出なんて出来るわけがない。
そう思って言えば彼はパァっと顔を明るくさせた。


「やった!ふふ。怪我の功名ってやつ?」

「はは。何言ってるの。そうなるようにしたのはアンタでしょうが」

「あ、バレた?」

「バレないとでも?」

「愛の力だね」

「経験によるものです。って、ちょっと。巻きにくいから離れて」


人が包帯を巻いてあげているというのに首に顔を埋めてあまつさえ匂いまで嗅いでくる恋人に、抗議の声をあげる。


「はるちゃんって柔らかいよね」

「それは遠回しに太ったとか言いたいわけ?」

「まさか!いや、はるちゃんが例えば100㎏超えのおデブさんだったとしても愛してるけどね?そうじゃなくて。ただはるちゃんの身体はどこもかしこも柔らかくて、いい匂いがして――食べちゃいたくなるなぁ、って」

「それ、君が言うと冗談に聞こえないから」

「酷いなぁ。食べないよ。だって食べたらそこでオシマイでしょ?勿体なくてそんなこと出来ない」

「そういう問題なの?」

「そういう問題なの」


ふぅん、と呟いて、ギュッと包帯をキツく締める。
何度も巻いてあげたからもう手慣れたもので綺麗に巻けた包帯に言い知れぬ達成感が沸く。
出来ればそんな技術は高めたくなかったんだけどなぁ。
ぼやいたってしょうがないけどさ。

使い終わって用の無くなった包帯と消毒液を箱に戻して、元の場所に片そうと立ち上がる。
と、袖を引かれた。


「……なに?」

「もうちょっと隣に居て?」


じゃないとまた切っちゃうよ?


なんて脅迫が聞こえた気がしたが、気のせいだということにしたい。
とはいえ本当に切られても困るし、クリスマスデートが家デートに変更になったから無駄に着飾る必要もなくなったからいいかと元居た場所に座る。
彼は嬉しそうに横から抱き締めてきた。


「ね?お泊まりの件だけど、ずっと居てね?」

「いや、年越し前には帰るけど」

「なんで?どうせお正月も一緒に居るでしょ?……それとも他の男と約束でもあるとか言う」

「そんなもんはないけど」

「じゃあ!」

「私と一緒に居ると君の傷が増えるでしょ?」


テレビに夢中でムカついたとか。
お風呂に一緒に入ってくれなくて寂しかったとか。
一緒に寝てくれないなら今すぐ死ぬとか。
ああ、トイレに行っただけで泣きそうな顔をしながらカミソリを持って立っていた事もあったな。アレは流石にビビった。
終いにはお醤油が切れたから徒歩5分圏内にあるスーパーに買いに行って部屋を開けた瞬間、半狂乱になった彼に拘束されて監禁まがいの事をされたこともあったっけ。

……こうして考えると、ホントなんで彼の事を嫌いになれないんだろう。
きっと死ぬまで疑問に思うんだろうなぁ。


「それはっ、だって、寂しくて」

「いやいや、10分と離れないでしょ」

「それでもヤなの!……いっそ一緒に住めればいいのに」

「自傷癖が落ち着くまでは嫌です」

「はるちゃんが側に居てくれたら落ち着くと思うよ?」

「そう言って信じた過去に君は何をしたかな?」

「あはは、」


全く悪びれもしない彼に頭痛がした。


「でもまあ、今は我慢する。なんたって今日はデートだからね」

「しばらくは我慢していて下さい。…あ、ケーキどうする?」

「はるちゃんに食べて貰いたくて手作りしたのがあるよ!勿論クリスマスディナーも任せてね?良く知りもしない他人が作ったものを食べさせるわけにはいかないから練習してたんだ」

「……へぇー、それは楽しみ」


その料理の中に睡眠薬とか睡眠薬とか睡眠薬とかが入っている可能性がなければもっと楽しみだったけど。
そんな淡い期待なんて端からしていない。
彼の家に泊まる時点で何かしらされる事は想定済みだ。


「ふふ。はるちゃんと二人きりとか楽しみだなぁ」


デートが楽しみでいいんだよね?
なんて、最早意味のない問答だから、「そうだね」と答えておくだけに留める。


こんなどうしようもない男だけど、離れたいと思えない自分が一番どうしようもないなぁ。
フッと眦を下げると、私は包帯を巻いた彼の腕を取ると、大小様々な傷が沢山ある腕を優しく撫でた。
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