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「幸せだねぇ」

そう言って腹をさする女に俺は微笑んだ。
出逢ってから二十年、恋人になってから五年、そうして、結婚してからはじめての年末。
彼女特製の年越し蕎麦を啜りながら、ああ、とだけ返した。
無愛想で、顔も怖くて、誰からも好かれるタイプじゃないと思っている俺に「好きだよ」と伝えてくれる彼女の存在に、俺は何度救われただろう。
何度、この女性を守って生きていこうと思っただろう。

「こうちゃん?どうしたの?」

「なんでもねぇ」

幸せだ。そう伝えてくれた彼女に、俺は何も返せない。
けれども彼女はにこりと笑って、そうして言った。

「来年の年越しは三人だね」

「ああ……はあ!?」

「わお、こうちゃんのそんな大きな声、凄く久し振りに聞いたよ」

「ど、どういう……意味だ?」

「どういう?それは私とあんなことやそんなことをしていても分からないことなのかな?」

「……本当に?」

「嘘ついてどうするのかなぁ」

あはは、と笑った彼女は「ねぇ、こうちゃん」と静かに告げてきた。

「びっくりした?」

「びっくりしないわけない」

「じゃあ、迷惑?」

「そんなわけない」

「じゃあ、嬉しい?」

「……当たり前だ」

「その間はなんですかー」

ぶぅと唇を尖らせる彼女に、俺はどうしようもなく泣き出したくなった。

「あれま。こうちゃん、どうしたよー」

「俺の子供、生んでくれんの?」

彼女はその問いにしばし目をぱちくりとさせてから、そうして朗らかで誰をも包み込む太陽のように笑うのだ。

「もちろんですとも」

ああ。幸せだ。こんなにも幸せなことがあっても良いのだろうか。
守るべきものが増えた。それがこんなにも幸せなことだと、彼女が教えてくれた。

「あ、除夜の鐘だねぇ」

「……そうだな」

「なぁに、センチメンタルになってるのー?」

「うるさい」

「ふふ、ねぇ?こうちゃん」

「ん」

「幸せだね」

「……そうだな」

幸せな音が聞こえる。幸せが近付いてくる。それはなんて――

「幸せだな」

そんな風に思えることが、本当に、幸せだ。
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