2019年バレンタイン

アタシの生まれた日。
愛を謳った男が処刑された日。
それはなんていう皮肉かしら?
ウイスキーの入ったグラスを揺らしながらそんなことを考える。
カランと氷が溶ける音が耳に響いた。

「セシル、明日の準備は整っているのか?」

「ええ、最悪な日をお祝いしてくれるんでしょう?今回招く狸爺達だってどうせ祝う気持ちなんて殊更なくて、アタシとの繋がりが欲しいだけでしょうけど」

「ヤケに荒んでるな。どうした」

「別に……嫌な夢を見ただけよ」

燃え盛る炎。屋敷全体を覆い尽くさんばかりの炎はあまりに綺麗で。
人が焼け焦げる匂いを感じながら、アタシはただ笑っていた。
その頬に流れるモノすらなかったのだから、非情なのかも知れないわね。
でも、非情で結構。
アタシはアタシの目的の為に、生き続けるだけだもの。
とはいえ、明日のことを考えると憂鬱でならない。

「嫌だ嫌だと言っていても、仕事は仕事だ。割り切れ」

「分かってますぅ、アドルは本当に手厳しいわねぇ」

「そういう男は嫌いか?」

「嫌い?アタシがアドルのことを嫌いになるわけないじゃない」

「……嘘つきの言う言葉の何を信じたら良いのやら」

肩を竦めてアタシに近付いて来たアドルはアタシの手からグラスをかすめ取って、グイッと煽る。
そうしてそのままアタシの口に口付けた。
舌がねじ込まれ、生温いウイスキーが口内に渡される。
ごくりと飲み込めば、舌を更に絡め取られた。
くちゅり、と音がする。
舌と舌は絡め合い、酒と快楽の酩酊感の中に陥らされる。

「ん、はぁ……っ、んふふ。なぁに?突然」

「別に」

「そう」

アタシは笑って、瞼を伏せた。
この蒼い瞳も、銀色の髪も、誰からも褒められるアーベレッチェ家当主の証。
そんなものがアタシに出てしまったせいで。アタシは――

「セシル?」

「ねぇ、アドル」

「なんだ」

「――抱いて」

「……嫌だ、と言ったら?」

「他の男を漁りに行くだけよ」

「そうか……」

そう言って、アドルはその命の色と同じ紅い瞳を閉じる。
そうしてもう一度開いた時、アドルの瞳の中には情欲が滲んでいた。
アタシの思うがままに動いてくれる。
本当に、都合の良い男。

(なんて、本当は違うことくらい分かっているわ)

自分自身にも嘘を吐いて、誰にでも嘘を吐いて。
そうしていたら何が本当で、何が真実なのか分からなくなってしまったけれども。

「愛しているわ、アドル」

「……嘘つきが」

その言葉が合図。
お互いを食い合う獣のように、お互いを貪り合った。

二月十四日。
アタシが生まれた日。
愛を謳った男が処刑された日。

――アタシという人間が終わるのも、遠くない未来の日。

アタシを愛した男と肌を合わせて、すべてを忘れて、それだけで今は良いと、そう思っていた。
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