2019年書き始め

愛おしくて、堪らなくて。
それでも彼女は留まってくれないのだろう。

「スピカ」

ソファーに座っていた妻の名前を呼べば、彼女は「んー?」と間延びをした声を上げながら俺を見た。
その蒼い瞳は空を写し取ったような綺麗な色なのに、時折だがとても残忍な色を浮かべて居る時があるのを俺は知っている。

「こんな夜中にどうした」

「ちょっとやらなくちゃいけないことがあってねぇ」

「そうか、あまり無理はするなよ」

「ええ、分かっているわ。ダーリン」

茶目っ気を込めたその言葉に、ドキリと胸が鳴る。
そんなことで?と思うかも知れないが、俺にとっては彼女から俺の存在を肯定されることは、彼女の夫だと認められることは、とても嬉しいことなんだ。
無理やり結婚して、子供を作って、それでも彼女は何も言わない。
ただ笑って、すべてを受け入れてくれる。
良いことなのか悪いことなのか、それはまだ分からないけれども。
スピカが俺の目の届く範囲に居る。
その事実さえあれば良いと、今の俺はそれで納得していたんだ。

「ところで、神?」

「なんだ?」

「年始の仕事帰りで悪いのだけれども、子供達を見てきてくれないかしら?」

「ああ、分かった」

スピカに言われるがままに子供部屋に向かう。
ノックをしようか一瞬迷って、それでもまだ一歳と三歳の子供達のことだから、こんな深夜では寝ているだろうとやめて、音を立てないようにゆっくりと子供部屋のドアを開ける。
寝息を立てる子供達の寝顔に疲れた心が癒されたような、そんな感覚がした。

再度スピカの居るリビングに戻り、俺はココアを淹れた。
カップを二つ持って、スピカの座るソファーの隣に座る。

「スピカ」

名前を呼べばパソコンから視線を上げるスピカ。
その視線の先に白いカップを見たのか、ほんの少しだけ嬉しそうに頬を緩ませた。

「あら、アタシにくれるの?」

「難しい顔をしていたから、これでも飲んで少しは心を休ませると良い」

「ありがとう、神」

俺からカップを受け取って、スピカは口を付ける。
ゆっくりとしたこの時間に、何だか泣きたくなった。

「神?どうしたのよ」

「いや、……幸せだと思った」

「……ふふ。そうね。幸せね」

スピカはそれだけを言うと「ココアご馳走様」と俺の頬にキスをした。
手でその場所に触れれば何だかそこだけ暖かい気がして、熱が上がる。

「ふふ。ねぇ、神?」

パタン、とノートパソコンが閉じられる音がする。
スピカは先程までの柔らかな表情を一変させ、俺の身体にもたれ掛かる。
俺は無意識にその身体を抱き締めていた。

「この国にはヒメハジメってのがあるみたいね?」

「……何処でそんな言葉を」

「んふふ、何処でしょう?」

スピカの顔が近付いてくる。
俺は逃げることもなく、冷静に聞いた。いや、正確には冷静に見えるように聞いた、だろうけれども。

「ヒメハジメが何なのか、神。アナタが教えて頂戴な」

「……後悔しても知らないが」

「あら、望むところよ」

そう言ったスピカは俺の首に腕を回して、そうして強請るように瞼を閉じた。
それに応えるようにキスをすれば、あとはもう、俺達だけの世界。
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