2013年バレンタイン

「ああ、そうだった」


机に向かって難しい顔をしていた継樹がそんな声を上げた。
そうして継樹の膝の上で元の姿である猫に戻って丸まっていた私の名を呼ぶ。


「彩葉ちゃん?ちょっとお口開けて?」

「?」


良く分からないながらも口を開ければ継樹はにこにこしながら私の口に何かを放り込んだ。


「……っ!?」

「あは。驚いた?」

「……なにこれ?」


もぐもぐゴクン。と口に入れられたモノを飲み込んでから口を開く。
ちなみに継樹が私に渡すものが危険なわけがないと、一種の刷り込みをされているので戸惑いはない。

しかし口に入れられたモノは何だろう。
甘ったるくて、口の中で直ぐに溶けてしまった。


「チョコレートだって。鳥の族長から貰ったの」

「鳥の…」

「うん。人間界に行ったら、最近やたらとソレが売られているらしくてね?面白いからってお土産に。まあ普通は猫とか犬には毒らしいんだけど」

「は?」


今度会ったらお礼を言わなければと思ったくらいには美味しいと感じたのだが、継樹が続けて言ったその言葉に背筋が寒くなる。


(え、毒?いま普通に食べちゃった、どうしよう…)


継樹からまさか毒を食べさせられるとは思わず、二重の意味で涙が出てくる。
それを見た継樹が慌てた様子で私の身体を抱き上げた。


「え?どうしたの!彩葉ちゃん?」


脇に手を入れられて目線を同じに合わされる。
いつもと変わらない継樹の態度なのに。
自分は何か継樹にしてしまったのだろうか?


「継樹、私のこと嫌いなの?」

「はあ!?ちょ、俺が彩葉ちゃんの事を嫌いになるわけないでしょ?なんでそんな風に思ったの?」


怒った顔をする継樹。
その顔を見て、別に嫌われている訳では無いのだと安心して。
じゃあ何故毒なんて食べさせられたのかと疑問に思う。


「だって、毒」

「毒?……ああ!いや、あのね彩葉ちゃん。確かに普通のチョコレートは毒だけど、これは違うの」

「ふえ?」

「これは俺達が食べても平気な奴。だから彩葉ちゃんに食べさせたんだよ。彩葉ちゃん甘いの好きでしょ?」

「ん…」

「それに。俺が彩葉ちゃんに毒なんて食べさせるわけないでしょ?それなのに全く。流石にちょっと傷付いたよ?」


困ったような顔で笑いながら、私の鼻の頭をちょん、と突いた。
鼻がむずむずして擽ったい。


「ごめんなさい」

「ふふ。いいよ、俺もちゃんと説明しなかったのが悪かったし」

「でも、」


今思い返せばさっき継樹は何かを言い掛けていた。
多分今言った事を言おうとしていたんだ。
でも私が勝手に勘違いして。継樹は何も悪くないのに傷付けて、謝らせてしまった。

どうしよう。と思考の渦に呑まれ掛かって居ると「彩葉ちゃん」と優しい声が呼ぶ。


「そんな事、どうでもいいんだよ」

「でも、」

「それより彩葉ちゃん。人間界で今日は女の子が好きな男にチョコレートを渡す日なんだって」


知ってる?


「……え?」


あれ、何だろう。
なんか凄く嫌な予感がする。


「わ、私、ちょこれーと?は持ってないよ?」

「うん。そうだね。今、彩葉ちゃんが食べちゃったもんね?」

「……継樹も食べたいなら、ソレ食べれば?」


机の上には私が食べたのと同じちょこれーとが入った箱が置かれている。
けれど継樹は首を緩く横に振った。


「ううん。俺はこんなのよりもっと甘いものが欲しいから」


にっこりと秋晴れのように清々しく笑った継樹は妙に色っぽい。
瞬間、私の頭の中では危険を報せる鐘が鳴った。


これは危険だ。
早く逃げなければ。


それが分かっているのに逃げられない。
蛇に睨まれた蛙はこんな気持ちなのかと思う。
最も、継樹の強い視線は蛇に睨まれた時なんて比べ物にならないくらいの深い愛情と、情欲が籠っているのだけれど。
それも逃げられない要因の一つなのかもしれない。


「ねえ、彩葉ちゃん?」

「…………な、なに?」


ひっくり返る声。
継樹は気にせずにソッと耳を擽るように撫でた。
ひゃっ、と吃驚しすぎて人型になってしまう。
近付いた継樹との距離に冷や汗が止まらない。



「俺、彩葉ちゃんが食べたいな」
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