2018年バレンタイン

気怠い身体を起こして、髪を掻き上げる。
随分と長くなってしまったなぁ、と襟足の黒髪を引っ張った。
また『彼女』に切ってもらおうと思いながら、床に落としたパンツとズボンを拾って履く。
『彼女』はまだ夢の中だ。
昨晩は少々、手荒くした覚えがあるからまだ目は覚まさないかもしれない。

くぁっと大きな欠伸をしながら寝室を出て、キッチンに向かう。
寝ぼけまなこでテーブルの上を見れば、ポツンと置かれた薄紫の箱。
昨晩は無かったので当然見覚えがない。

「ふぅん」

俺はそれだけを発すると冷蔵庫から取り出した水の入ったペットボトルに口を付けながら、薄紫の箱を手に取った。

「相変わらず可愛いことするねぇ」

クスリと笑って、俺は寝室に逆戻りする。

「なーなーお。七緒。起きてるでしょ?」

「……」

「起きないとこのまま襲うけど、どうされたい?」

「……アンタねぇ……どんだけヤッたと思ってんのよ」

こっちは腰が死にかけなのよ?
そんな非難の声は、けれども俺が薄紫の箱を目の前に見せれば引っ込んだ。

「俺にだよね?」

「……材料がたまたま有ったから作っただけよ」

「ふぅん、手作りなんだ」

「アンタは嫌いでしょーけどね」

「どうして?」

「は?だってアンタこの前、女の子がわざわざ作ったクッキー『手作りだから要らない』って言って泣かせてたじゃない」

「ああ、そんなこともあったね」

そんな風に言えば、七緒は眉間に皺を寄せる。
大方、俺が女の子を泣かせた事実が気に食わないのだろう。
俺的には七緒の可愛い顔があんな良く知りもしない女のせいで台無しだ、としか思わないけれども。
嫌がらせのように眉間にキスを落とした。
七緒は目を見開いて殴りかかろうとして、ベッドにへにゃりと沈んだ。
手酷く抱いた覚えはなかったけれども、そこそこに彼女の体力は削れたようで何より。

「俺は確かに手作りとか嫌いだよ。何入ってるか分からないもん」

「そのチョコが無駄になったみたいで何よりだわ」

「七緒は食材を無駄にするような子じゃないよね?」

「は?当たり前で……っ!?」

ニヤリ、と口端を歪める。
言った通りに七緒は食材を無駄にするような子ではない。
ましてやコレは明らかに俺に贈られた品だ。
そこから察するに、七緒は絶対に俺が自分が作ったチョコを食べると信じていたのだ。

(ああ。可愛いなぁ)

その絶対的信頼感を得るのに、どれだけ時間を要しただろう。
俺にとったらそれだけの価値がある女だったから良いけども。

薄紫の箱を開けて、中に入ったトリュフを摘む。
それを自身の口に――ではなく、七緒の口に押し付けた。

「……は?……ちょ、んぐ」

七緒の口の中にチョコを押し込んで指で掻き混ぜて溶かす。
ドロドロと溶けたチョコは液状になり、七緒の唾液と混ざり合う。
良く溶けたその口内にとろんとした瞳。
何も言わずに口付けた。
深く口付けしたら、七緒は俺の背中を叩いてくる。
それでもやめてやらない。

どれだけキスを交わしていただろう?

充分満喫してから、唇を離した。
ツゥ、と舌と舌の間に銀の糸が繋がる。

「は、ぁ?な、に、すんの、よ」

「こういうチョコの食べ方もいいよねー、と思って。チョコも食べられるし七緒も食べられる。一石二鳥だね」

「……馬鹿じゃないの」

「そんな馬鹿にチョコなんて渡すからいけないんだよ」

はい、あーんして。
なんて言えば不思議そうな瞳と目が合った。
俺はにんまりと笑って七緒に箱を見せる。

「チョコはあと五個もあるから……五回はキス出来るね」

サッと青ざめた七緒は逃げようとするも腰が立たないのかじたばたとするだけで。
まな板の上の鯉とはまさにこの事かな?
俺は再び七緒の口の中にチョコを放り込んだ。


あまり好きでは無かったけれど、チョコレートも存外、好きになれそうだ。


Happy Valentine
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