2018年バレンタイン

「アドルー、リヒャルドー、ガイー」


仕事をしている三人の腹心の名前を呼べば嫌々と顔を上げる者、面倒くさそうに頭を掻く者、きょとんとこちらを向く者。
三者三様のリアクションにアタシの心は踊った。


「バレンタインの贈り物をまだアタシは貰ってないわ」
「忙しい時期に何言いやがってんだこのクソビッチ」
「アドルはお口が悪いわねぇ……そんな口は塞いじゃう!」
「やめ、……っ!」


お口の悪いアドルの唇を奪って、ついでに舌を捩じ込みアドルの舌を絡め取る。
抵抗をしていたアドルも段々とその気になったのか、ただ単にアタシを飽きさせる為か、アタシの上顎を嬲る。
ゾワリ、とした感覚に陶酔したくなったけれど、自分の思う通りに動かないアドルはつまらないわね、と舌を抜いた。
アドルは何も言わずに、ただただ面倒くさそうな顔をしている。


「他所でやれ」
「リヒャルドもされたい?」
「したら殺す」


アタシだからきっと黙視できる程度の速さで銃を取り出したリヒャルドに、アタシは降参の意味を込めて両手を挙げた。


「リヒャルドには手を出さないわよ」
「それが賢明だ」


銃を仕舞ったリヒャルドに「んふふ」と笑う。
気色わりぃ、とお墨付きの笑い方。

ガイをちらりと見やる。
目が合って、ふるふると首を振られた。


「ひとに食料を与えるくらいなら、死ぬ」
「ガイはそう言うと思ってたわぁ」


そういうところも良いと思うわ!とグッと拳を握った。


「で?テメェは何を悪巧みする気だ?」


アドルが訝しげに声を発する。
その声は警戒の色が濃く滲んでいた。


「アタシ?アタシは今年こそ三人にお菓子を作りたいと思ってるわよ?」


その言葉を放った瞬間、執務室に緊張が走った。
アタシはきょとんと首を傾げる。


「クソビッチが……俺らを殺す気か!」
「キッチンに入るだと……?ナニ血迷ってやがる!」
「食材が可哀想……」


三者三様の言葉は、けれども同一して「キッチンに入ることへの警戒と拒絶」だ。
ふん、とアタシは鼻を鳴らす。


「そう言ってアタシをキッチンに入れないからどんどん料理が出来なくなるんじゃない」


そう言ったなら、アドルが「五十三回」と数字を口にした。
ギクリ、と今度はアタシが固まる番。


「テメェがキッチンを爆破した回数だ」
「……ちょーっと、粉塵爆発が起きた程度で……」
「生卵事件もあったよね」
「ガイ!アタシの味方だと思ってたのに!」
「ごめんね、セシル。基本的にはセシルの我儘には無関心なオレだけど、食料だけは大切にしたい」
「リヒャルド!」
「キッチン爆破の際における被害総額を考えろ」
「アタシが稼ぐから平気よ!」
「その間、俺らはわざわざ外食しに行かなきゃいけねぇだろ」


アドルの言葉に唇を尖らせる。


「神なら……アタシの料理、食べてくれるのに」
「そんなに前の男が恋しきゃ辞めろ」


アドルの凍り付くような冷たい表情。
不謹慎にも、興奮した。


「何も言い返さねぇわけ?」
「んふふ。前の男も確かに魅力的よね。だってもう二度と手に入らないのだもの、当然だわ」
「セシ、」
「でも、アタシはみんなに感謝の気持ちを伝えたいのよ。アタシの為に動いてくれる、アタシの駒に」


そこまで言えば、アタシのモノ。
はぁ、と深い溜息を吐き出した三人は結局のところ。アタシに甘いのだ。


「ガイ」
「仕方ない。生卵事件を思い出すけど、見張っててあげる」
「リヒャルド」
「しゃーねぇなぁ。費用捻出してやるよ」


だから、とガイとリヒャルドは続ける。


「食べるのはお前な、アドル」
「骨は、拾うね?」
「……任せろ」


まるでお通夜みたいな雰囲気の執務室。
アタシはひとり、ウキウキとしながらレシピを調べた。


翌日の二月十五日。
アドルは一晩中、生死の境をさ迷い。
アタシは五十四回目にしてとうとうキッチンへの出入りを全面的に禁止された。


「まさかアタシの腕がそこまで下手になってるだなんて思わなかったわー」


あはは、と笑えば死の淵から帰ってきたアドルが飛び蹴りを繰り出した。


Happy Valentine
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