2016年クリスマス
「メリークリスマース!先輩!今年もこの日がやって来ましたね!」
「ああ、待ってもないこの時期がやってきたな……」
「先輩の為にいい感じの海を探してきたんですよ!褒めてください!」
「いい感じの海……ねぇ?」
俺には手招きしている腕しか視えねぇんだけどな。
ぼそりと呟いたその言葉。けれども神山は素知らぬフリを決め込んでいた。
分かってた。分かってたよ。神山から「クリスマスパーティーしません?」とお誘いがあった時から警鐘は鳴っていた。
けれども神山をあの神社でひとり寂しくクリスマスケーキを食べている姿を見るのが嫌で、というかこう言っちゃなんだが哀れで。つい。ついうっかり、着いて来てしまった。
その結果がこれだよ。
そこは普段は綺麗な海なのだろう。
けれど今は辺り一面なまっちろい腕がうじゃうじゃ。
ああ、帰りたい……。こんな寒くて凍えそうな海より、可愛い妹と愛犬と美味しい夕飯がある家に、今すぐ帰りたい。
決して神山と居るのが嫌というわけではないけれども。
この状況は毎年のことながら嫌すぎる。
というわけで、さっさと終わらせよう。
「で?」
「はい?」
「ケーキ。食うんだろ?」
「……先輩が倒れない!気絶しない!若葉驚き!」
「お前にはこの生まれたての小鹿のように震えた足が見えねぇのか?あ?」
「小鹿って。やだぁ、先輩可愛い」
「ぶちのめされてぇのか」
「えへへ。先輩がまた懲りずに一緒にクリスマスを過ごしてくれて、私嬉しいんですよ」
「お前が、ひとりであの神社で居るのが可哀想だったからだよ」
「知ってますよー。でも、嬉しいです」
ニッコリと笑った神山の顔は本当に嬉しそうで。
馬鹿じゃないのかと思った。
哀れまれて。可哀想だと思われているのに。
馬鹿だなァと思う。
「先輩」
「なんだよ」
「ケーキ、食べてくれるんでしたよね?」
「おう」
「今年は苺のチョコ生クリームケーキにしました」
「ああ、俺が好きなケーキだな?」
珍しく自分の好みではなく、俺の好みに合わせてくれたようだ。
しかも一品だけ。珍しい。
いつもは多種多様、様々な種類のケーキを沢山持ってくるくせに。
「熱でもあるのか?」
「いえいえ。ただね。気付いたんです。私」
「何に?」
神山はゆっくりと紫に染まった唇を開いた。
いや、寒いならマフラーくらい巻いて来いよ。あとコート着ろよ。なんで制服だけでくるんだよ。今年のクリスマスは日曜日だから学校もないのに何で制服!
ずっと言いたかったけれど言えない雰囲気だ。
ごくりと唾を飲み込む。
神山はこてりと首を傾げて、言った。
「だって、先輩。いつも気絶しちゃうから。全部食べるの私ですし、なら別に沢山持って来なくてもいいかなぁって思ったんですよねぇ」
「気絶させてる原因お前だからな?」
「先輩がびびりなだけです。私悪くありません」
「なら普通にウチ来てメシでも何でも食えばよかっただろ。どっか出掛けるにしても街には色々あるし」
何でお前。二人きりに拘んの?
実質色々居るから二人きりではないにしろ、生者は俺と神山の二人きりだ。
神山は言いづらそうに口をもごもごとさせている。
「言いたくねぇなら、別にいいけど」
「……せんぱいと、」
「あ?声がちいせぇ!」
「せ、先輩と、二人きりになりたかったから……」
「はぁ?」
思わず、眉を顰める。
「先輩。人気者ですし。陸上部のエースですし。片や私は友達も居ない不思議ちゃんとか言われてる女ですし。街中で二人で居たら、先輩に悪い噂とか、付き纏うんじゃないかって思ったら、廃墟とか、学校とか、夜の海とかしかなくて」
「色々言いたいけど、最後の選択肢が可笑しいな。うん」
「真剣に言ってるんですよ!」
「お、おう。悪い……」
でもなぁ、と俺は頭を掻く。
「俺と神山がデキてるって噂なら、もうとっくに立ってるぞ?」
「え」
「何だ?お前、知らなかったのか?」
何でも知ってそうな神山だから、知っていても可笑しくないと思っていたんだが。
「あれだけ接触をしないようにしてたのに……」
「いや、あれでお前抑えてた方なんだな」
確かに放課後しか会わなかったが、学年が違う神山とその『放課後に会う』行為を『わざわざ』しているのが、もう付き合っていると思われても仕方がないだろう。
しかもバイトの為とはいえ、一緒に帰っている日もあるし。
そう言えば、神山は愕然としていた。
私の苦労は、やら、そんな嬉しい事実が、とか。
何やらぶつぶつと言っていたが、全くの事実無根なので俺は訊いてくる奴等には否定し続けていると言っておこう。
「神山」
「あ、はい」
「ケーキ食ってさっさと帰るぞ」
「帰らないと駄目ですか?」
「俺んちで神山の分も母ちゃんがメシ作って待ってんだよ」
「お義母さまが……!」
「なんか漢字違くねぇか?」
「違くないです」
「そうか?まあ、いいいや。つうわけで、ケーキ」
「はい!」
すっかり元気を取り戻した神山に、俺は笑う。
何やかんや言うが、神山は笑っていた方が良い。
(なんでそう思うんだ?)
あれ?と心の中で引っかかるも、そのすぐ後に神山が取り出した大きなホールケーキに、まじかよ、と頬を引き攣らせたことによって、その感情は無散した。
「ああ、待ってもないこの時期がやってきたな……」
「先輩の為にいい感じの海を探してきたんですよ!褒めてください!」
「いい感じの海……ねぇ?」
俺には手招きしている腕しか視えねぇんだけどな。
ぼそりと呟いたその言葉。けれども神山は素知らぬフリを決め込んでいた。
分かってた。分かってたよ。神山から「クリスマスパーティーしません?」とお誘いがあった時から警鐘は鳴っていた。
けれども神山をあの神社でひとり寂しくクリスマスケーキを食べている姿を見るのが嫌で、というかこう言っちゃなんだが哀れで。つい。ついうっかり、着いて来てしまった。
その結果がこれだよ。
そこは普段は綺麗な海なのだろう。
けれど今は辺り一面なまっちろい腕がうじゃうじゃ。
ああ、帰りたい……。こんな寒くて凍えそうな海より、可愛い妹と愛犬と美味しい夕飯がある家に、今すぐ帰りたい。
決して神山と居るのが嫌というわけではないけれども。
この状況は毎年のことながら嫌すぎる。
というわけで、さっさと終わらせよう。
「で?」
「はい?」
「ケーキ。食うんだろ?」
「……先輩が倒れない!気絶しない!若葉驚き!」
「お前にはこの生まれたての小鹿のように震えた足が見えねぇのか?あ?」
「小鹿って。やだぁ、先輩可愛い」
「ぶちのめされてぇのか」
「えへへ。先輩がまた懲りずに一緒にクリスマスを過ごしてくれて、私嬉しいんですよ」
「お前が、ひとりであの神社で居るのが可哀想だったからだよ」
「知ってますよー。でも、嬉しいです」
ニッコリと笑った神山の顔は本当に嬉しそうで。
馬鹿じゃないのかと思った。
哀れまれて。可哀想だと思われているのに。
馬鹿だなァと思う。
「先輩」
「なんだよ」
「ケーキ、食べてくれるんでしたよね?」
「おう」
「今年は苺のチョコ生クリームケーキにしました」
「ああ、俺が好きなケーキだな?」
珍しく自分の好みではなく、俺の好みに合わせてくれたようだ。
しかも一品だけ。珍しい。
いつもは多種多様、様々な種類のケーキを沢山持ってくるくせに。
「熱でもあるのか?」
「いえいえ。ただね。気付いたんです。私」
「何に?」
神山はゆっくりと紫に染まった唇を開いた。
いや、寒いならマフラーくらい巻いて来いよ。あとコート着ろよ。なんで制服だけでくるんだよ。今年のクリスマスは日曜日だから学校もないのに何で制服!
ずっと言いたかったけれど言えない雰囲気だ。
ごくりと唾を飲み込む。
神山はこてりと首を傾げて、言った。
「だって、先輩。いつも気絶しちゃうから。全部食べるの私ですし、なら別に沢山持って来なくてもいいかなぁって思ったんですよねぇ」
「気絶させてる原因お前だからな?」
「先輩がびびりなだけです。私悪くありません」
「なら普通にウチ来てメシでも何でも食えばよかっただろ。どっか出掛けるにしても街には色々あるし」
何でお前。二人きりに拘んの?
実質色々居るから二人きりではないにしろ、生者は俺と神山の二人きりだ。
神山は言いづらそうに口をもごもごとさせている。
「言いたくねぇなら、別にいいけど」
「……せんぱいと、」
「あ?声がちいせぇ!」
「せ、先輩と、二人きりになりたかったから……」
「はぁ?」
思わず、眉を顰める。
「先輩。人気者ですし。陸上部のエースですし。片や私は友達も居ない不思議ちゃんとか言われてる女ですし。街中で二人で居たら、先輩に悪い噂とか、付き纏うんじゃないかって思ったら、廃墟とか、学校とか、夜の海とかしかなくて」
「色々言いたいけど、最後の選択肢が可笑しいな。うん」
「真剣に言ってるんですよ!」
「お、おう。悪い……」
でもなぁ、と俺は頭を掻く。
「俺と神山がデキてるって噂なら、もうとっくに立ってるぞ?」
「え」
「何だ?お前、知らなかったのか?」
何でも知ってそうな神山だから、知っていても可笑しくないと思っていたんだが。
「あれだけ接触をしないようにしてたのに……」
「いや、あれでお前抑えてた方なんだな」
確かに放課後しか会わなかったが、学年が違う神山とその『放課後に会う』行為を『わざわざ』しているのが、もう付き合っていると思われても仕方がないだろう。
しかもバイトの為とはいえ、一緒に帰っている日もあるし。
そう言えば、神山は愕然としていた。
私の苦労は、やら、そんな嬉しい事実が、とか。
何やらぶつぶつと言っていたが、全くの事実無根なので俺は訊いてくる奴等には否定し続けていると言っておこう。
「神山」
「あ、はい」
「ケーキ食ってさっさと帰るぞ」
「帰らないと駄目ですか?」
「俺んちで神山の分も母ちゃんがメシ作って待ってんだよ」
「お義母さまが……!」
「なんか漢字違くねぇか?」
「違くないです」
「そうか?まあ、いいいや。つうわけで、ケーキ」
「はい!」
すっかり元気を取り戻した神山に、俺は笑う。
何やかんや言うが、神山は笑っていた方が良い。
(なんでそう思うんだ?)
あれ?と心の中で引っかかるも、そのすぐ後に神山が取り出した大きなホールケーキに、まじかよ、と頬を引き攣らせたことによって、その感情は無散した。