2015年ハロウィン

「はるちゃん!trick or treat!」

「…………はい」


寝起きの朝。言われると思ってベッドの近くにある棚の中に用意していたお菓子を圭人に渡す。
そうすればむっすぅと頬を膨らませる圭人。
何を求めていたんだ、何を。
寝起きの寝ぼけた頭でぼうっと圭人を見つめながら、はあ、と溜め息を吐く。
ああ、部屋が寒いのか顔が冷たい。
暖房も付けないで何をしているんだこの人は。


「何で用意してるのー……」

「何をするのか分からない恋人が居るものだから」

「酷い恋人が居たものだね」

「……本当にね」


よいしょ、と起き上がってくあっと欠伸をする。
ああ、眠い。貴重な休日に朝から何をしてるんだろうか。
まあ、もっとも。この人と付き合ってから休日も何もないんだけども。


「あ、こら」


ふ、と目を離した隙にカッターを取り出していた恋人に、何してんだアンタはと思いながらその行動を諫める。
圭人の自傷癖はいつものことだから気にしない。気にはしないが、ここで切られたら洗濯物が大変なことになる。


「だってはるちゃんが俺に悪戯されてくれないんだもん」

「子供じゃないんだから……」

「はるちゃんとはどんな行事でも楽しみたいの」

「去年も楽しんだでしょ」


主に圭人が。
あれは翌日が大変だったと思いながら、甲斐甲斐しく世話を焼く圭人に絆される1日となっていた。

今年もきっとそんな風になるのだろう。
それか1日監禁。
……いや、でも珍しく「楽しみたい」と言ってるから睡眠薬は盛られないだろうなぁ。
こんな行事に乗っかるなんて本当に珍しい。

今日も今日とて外出なんてしないだろうけれど、だからこそ、昨日こっそり圭人の目を盗んでお菓子を用意しておいて良かった。
でなければお目覚め1秒でベッドの中から出ることなく1日が消費されただろうから。


「はるちゃん。何考えてるの?」

「圭人のこと」

「もう。そういえば良いって思ってるでしょ」

「本当のことだからね」


そうは言いながらも嬉しそうに微笑みを浮かべてカッターを置いた圭人に、ふう、と私も口角を上げた。
こんなやり取りも慣れたものだ。
楽しいというのもある。
何やかんや、恋人同士なのだなぁと思える瞬間だ。


――もっとも、次の瞬間にそんなほのぼのとした感情はなくなったけれど。


「ああ、そういえば。はるちゃん」

「なに?」

「trick or treat」

「え?」

「今、はるちゃんお菓子持ってないよね?」

「……」

「もう一度聞こうか?」



「trick or treat?」



――ああ、今年もベッドの住人なのか。
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