2014年クリスマス
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
どうして今年も去年に引き続き摩訶不思議な現象に巻き込まれているのだろうか?
遡ること数時間前。
出された宿題に必要な教科書を学校に忘れていたことに気付いた俺は夜の校舎に忍び込んだ。
教室の自分の机から教科書を手に入れ、さて帰ろうとした時。
ひやりとした空気を肌が感じ取った。
何とも覚えのある感覚だ。
嫌な予感を覚えながらそろりと振り返った。……ことを後悔したのは一瞬だった。
窓の外で落ちる人影。自分の高校の制服を身につけていた。
その人影は笑っていた。
どうしてそんなことがわかるのか。
それはその人影とバッチリ目が合ってしまったからだ。
驚きのあまり悲鳴すら出なかった。
こんな経験は二度としたくないと思っていたのに。
ぐしゃり、と何かが潰れた音がして、言い知れぬ恐怖から震える身体を抱き締める。
――瞬間。バンバンッと教室の閉められていた筈の扉が叩かれたように揺れた。
ビクリと身体を揺らして半泣きで扉の方を見てしまう。
こういう時人間とは不思議なもので、絶対に見てはいけないと思っていても条件反射のようにそちらに視線をやってしまうものなのだなと知ったが、そんなことは別に知らなくても良かった。
教室の扉はバンバンッと激しく叩かれている。
下の方にある硝子窓からはうぞうぞとした暗闇で染まる校舎でも更に黒いと感じたナニかが居た。
もうやめてくれ!!
そう叫びそうになるのを必死で口元を手で覆い堪えた。
どれくらいそうしていただろうか?
不意にあれだけ激しく鳴り響いていた音が止んだ。
と、共にガラッと扉がスライドされる。
「先輩はチョコレートケーキでいいですかー?」
「いや、待て?お前何言ってんの?」
そこに居たのは去年も共にクリスマスに摩訶不思議な経験をした後輩だった。
後輩は何ともにこやかに笑いながら近付いてくる。
その際に教室の扉に何か札的なモノを貼っているようにも見えたが、色んな意味で気が抜けた俺はそれを指摘する気にもなれなかった。
何で居るのか、とか、また今年もケーキの話か、とか、もう既にお前の口元にクリーム的な何かが付いてんぞとか、いろいろ。それはもういろいろ言いたかったけれど。
「いやはやー、先輩はつくづくクリスマスに縁が出来てしまいますねー?まあ、私的には嬉しいんですけども」
「俺は何も嬉しくねぇよ。つうか去年も思ったけどなんでそんな平然としてられんの?」
「やだなー。そりゃあ、慣れてるからですよー」
「心底理解できねぇ」
「あははー、それは残念です」
へらっと笑った後輩の笑顔が一瞬だけ陰った気がしたが、すぐ元に戻ってしまたのでそのことに突っ込むタイミングを失ってしまった。
「あー、とりあえずあのぐしゃぐしゃと五月蝿いのは何とかしますかー」
「は、何お前?そんなことも出来んの?」
「そりゃ、出来ますよー。言ってるじゃないですか。慣れてるって」
「……それでお前が危険な目に合うとかはねぇんだよな」
「……自分に危険が、じゃないんですね。まあ、そんなところがいいんですけど」
ぼそりと何かを呟いていたようだが、ぐしゃりぐしゃりと定期的に聞こえてくる音のせいで聞き取れなかった。
「おい」
「私があんな雑魚にやられるわけないですよー。心配しないでくださいー」
ふふ、と歌うように楽しそうに言った後輩は制服のポケットから札を取り出し、そのまま投げた。
窓があるのだからそのまま張り付くのではないのかと思ったが、不思議なことに札は窓をすり抜けて丁度落ちてきた人影に当たった。
耳障りな悲鳴を上げながら落ちていった人影は、今度は潰れた音を発さなかった。
「……凄いな、お前」
「ふふん。もっと褒めてくれてもいいんですよー?」
「悪い今のは取り消すわ」
「え、酷いですよー先輩!」
「お前調子乗らせると面倒くせぇからヤダ」
「そりゃ先輩に褒められたら調子にだって乗りますよー」
なははー、と変な笑い方をしてから、よっこいしょと俺の席の隣に座る。
「さ、先輩。チョコレートケーキ食べましょう!なんとホールですよー」
「うん。何でそうなる」
「先輩が怖い思いをしてでも家に帰りたいならいいんですけどー」
「お前が何とかしてくれるという選択肢は?」
「あはは、ないです」
「おい」
「だって先輩と一緒にクリスマス過ごしたいんですもん」
「だってじゃねぇよ。去年から殆ど接触してこなかった癖に今更ナニ言ってんだ」
「だって先輩、怖いのダメでしょ?私と居ると怖い思い一杯するハメになりますよー」
確かに俺は怖がりだ。だからそんな事態は是非とも避けたい。
が、だからといって「先輩、先輩」と五月蝿いくらいに後をつけ回してきた後輩が突然避けてきたら寂しいだろう。
そう言えば後輩はホールケーキを切り分ける手を止め、目を丸くしていた。
「……そんなこと言われたの、初めてです」
「あ?」
「いえいえー。なるほど。先輩は怖い思いをしてもいいからまた私に構って欲しいんですね」
「おい。誰がそんなこと言った?」
「いま。先輩が言いました」
「いやそんなこと言ってねぇよ」
「言いましたー」
そんなやりとりをしながら、時折聞こえるぐしょ、だの、べしょ、だのいう嫌な音をBGMに後輩が持ってきたチョコレートケーキを食べて一夜を明かしたのであった。
俺は全く楽しくもなんともなかったけれど、後輩は終始楽しそうだとだけ言っておこうか。
まあ、久し振りにゆっくりと後輩と話せて、少しはこんな状況も悪くないとは思ったけれど。
それでもガタガタと教室の扉が揺れるたびにそんな思いは霧散した。
「本当に優しいヒトですよねぇ。先輩は」
「あ?そーか?」
「そーですよ。優しくて、こんな私にも変わらず接してくれる、変なヒトです。先輩は」
「それ褒めてんのか貶してんのかどっちだ」
「んふふー、褒めてますよー」
本当に意味が分からない。
どうして今年も去年に引き続き摩訶不思議な現象に巻き込まれているのだろうか?
遡ること数時間前。
出された宿題に必要な教科書を学校に忘れていたことに気付いた俺は夜の校舎に忍び込んだ。
教室の自分の机から教科書を手に入れ、さて帰ろうとした時。
ひやりとした空気を肌が感じ取った。
何とも覚えのある感覚だ。
嫌な予感を覚えながらそろりと振り返った。……ことを後悔したのは一瞬だった。
窓の外で落ちる人影。自分の高校の制服を身につけていた。
その人影は笑っていた。
どうしてそんなことがわかるのか。
それはその人影とバッチリ目が合ってしまったからだ。
驚きのあまり悲鳴すら出なかった。
こんな経験は二度としたくないと思っていたのに。
ぐしゃり、と何かが潰れた音がして、言い知れぬ恐怖から震える身体を抱き締める。
――瞬間。バンバンッと教室の閉められていた筈の扉が叩かれたように揺れた。
ビクリと身体を揺らして半泣きで扉の方を見てしまう。
こういう時人間とは不思議なもので、絶対に見てはいけないと思っていても条件反射のようにそちらに視線をやってしまうものなのだなと知ったが、そんなことは別に知らなくても良かった。
教室の扉はバンバンッと激しく叩かれている。
下の方にある硝子窓からはうぞうぞとした暗闇で染まる校舎でも更に黒いと感じたナニかが居た。
もうやめてくれ!!
そう叫びそうになるのを必死で口元を手で覆い堪えた。
どれくらいそうしていただろうか?
不意にあれだけ激しく鳴り響いていた音が止んだ。
と、共にガラッと扉がスライドされる。
「先輩はチョコレートケーキでいいですかー?」
「いや、待て?お前何言ってんの?」
そこに居たのは去年も共にクリスマスに摩訶不思議な経験をした後輩だった。
後輩は何ともにこやかに笑いながら近付いてくる。
その際に教室の扉に何か札的なモノを貼っているようにも見えたが、色んな意味で気が抜けた俺はそれを指摘する気にもなれなかった。
何で居るのか、とか、また今年もケーキの話か、とか、もう既にお前の口元にクリーム的な何かが付いてんぞとか、いろいろ。それはもういろいろ言いたかったけれど。
「いやはやー、先輩はつくづくクリスマスに縁が出来てしまいますねー?まあ、私的には嬉しいんですけども」
「俺は何も嬉しくねぇよ。つうか去年も思ったけどなんでそんな平然としてられんの?」
「やだなー。そりゃあ、慣れてるからですよー」
「心底理解できねぇ」
「あははー、それは残念です」
へらっと笑った後輩の笑顔が一瞬だけ陰った気がしたが、すぐ元に戻ってしまたのでそのことに突っ込むタイミングを失ってしまった。
「あー、とりあえずあのぐしゃぐしゃと五月蝿いのは何とかしますかー」
「は、何お前?そんなことも出来んの?」
「そりゃ、出来ますよー。言ってるじゃないですか。慣れてるって」
「……それでお前が危険な目に合うとかはねぇんだよな」
「……自分に危険が、じゃないんですね。まあ、そんなところがいいんですけど」
ぼそりと何かを呟いていたようだが、ぐしゃりぐしゃりと定期的に聞こえてくる音のせいで聞き取れなかった。
「おい」
「私があんな雑魚にやられるわけないですよー。心配しないでくださいー」
ふふ、と歌うように楽しそうに言った後輩は制服のポケットから札を取り出し、そのまま投げた。
窓があるのだからそのまま張り付くのではないのかと思ったが、不思議なことに札は窓をすり抜けて丁度落ちてきた人影に当たった。
耳障りな悲鳴を上げながら落ちていった人影は、今度は潰れた音を発さなかった。
「……凄いな、お前」
「ふふん。もっと褒めてくれてもいいんですよー?」
「悪い今のは取り消すわ」
「え、酷いですよー先輩!」
「お前調子乗らせると面倒くせぇからヤダ」
「そりゃ先輩に褒められたら調子にだって乗りますよー」
なははー、と変な笑い方をしてから、よっこいしょと俺の席の隣に座る。
「さ、先輩。チョコレートケーキ食べましょう!なんとホールですよー」
「うん。何でそうなる」
「先輩が怖い思いをしてでも家に帰りたいならいいんですけどー」
「お前が何とかしてくれるという選択肢は?」
「あはは、ないです」
「おい」
「だって先輩と一緒にクリスマス過ごしたいんですもん」
「だってじゃねぇよ。去年から殆ど接触してこなかった癖に今更ナニ言ってんだ」
「だって先輩、怖いのダメでしょ?私と居ると怖い思い一杯するハメになりますよー」
確かに俺は怖がりだ。だからそんな事態は是非とも避けたい。
が、だからといって「先輩、先輩」と五月蝿いくらいに後をつけ回してきた後輩が突然避けてきたら寂しいだろう。
そう言えば後輩はホールケーキを切り分ける手を止め、目を丸くしていた。
「……そんなこと言われたの、初めてです」
「あ?」
「いえいえー。なるほど。先輩は怖い思いをしてもいいからまた私に構って欲しいんですね」
「おい。誰がそんなこと言った?」
「いま。先輩が言いました」
「いやそんなこと言ってねぇよ」
「言いましたー」
そんなやりとりをしながら、時折聞こえるぐしょ、だの、べしょ、だのいう嫌な音をBGMに後輩が持ってきたチョコレートケーキを食べて一夜を明かしたのであった。
俺は全く楽しくもなんともなかったけれど、後輩は終始楽しそうだとだけ言っておこうか。
まあ、久し振りにゆっくりと後輩と話せて、少しはこんな状況も悪くないとは思ったけれど。
それでもガタガタと教室の扉が揺れるたびにそんな思いは霧散した。
「本当に優しいヒトですよねぇ。先輩は」
「あ?そーか?」
「そーですよ。優しくて、こんな私にも変わらず接してくれる、変なヒトです。先輩は」
「それ褒めてんのか貶してんのかどっちだ」
「んふふー、褒めてますよー」