世界を壊したかった王子と、世界に愛されたかった魔女

「ピクニックにでも行こうか」

それは単なる思いつきで発した言葉。

「珍しいことを言うわね」

「たまには夫婦らしいことをしようと思ったまでだ」

「ふふ。貴方は面白いわねぇ」

「褒められている気がしない」

「褒めてる褒めてる」

そうねぇ、と魔女は風にたなびく美しい銀髪を耳にかけながら柔らかく微笑んだ。

「王子の仕事が一段落したら、行きましょうか」

「……そういう条件を出してくるのかお前は」

「ふふ、良いでしょう?」

「それなら俺はお前の作った料理が食べたい」

「魔女の私の?正気?」

「俺はいつでも正気だ」

「……考えておくわ」

「分かった。ならこうしよう」

俺が半月で仕事を一段落させるから、その労いとして俺に料理を作れ。
王子が放ったその言葉に魔女は紅い目をぱちくりとさせながら、少し悩んだ素振りを見せ、けれども王子の無言の圧力の前に屈したと言わんばかりに溜め息を吐いた。

「仕方がないから作ってあげるわ」

「約束だぞ」

「ええ、約束ね」

王子は嬉しそうに柔らかい表情を浮かべると、魔女の手を取った。

「なぁに?」

「これは約束の証だ」

王子が魔女の細くてしなやかな指にはめたのは、銀色の指輪。
大事にしろよ、とそう言って王子は魔女の髪に口付けた。




「大事にしろと、言ったからか」

炭の中から見つけた銀色の指輪。
間違いなく、己が贈ったものだ。
俺はそれを手にとって、そっと縁を撫でる。

「俺はこんなものよりも、自分を大切にして欲しかった……!」

家臣も民衆も居なくなった深夜。
月すらない新月の夜。
燃えカスに縋るように蹲りながら、声を押し殺して。
俺はひとり、涙を零し続けた。
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