世界を壊したかった王子と、世界に愛されたかった魔女

世界のすべてを壊してしまえば、お前は救われたのだろうか。
或いは俺の元に嫁ぐだなんてしなければ、こんな惨い最期を迎えなくて済んだのだろうか。
俺の愛したただひとりの女は微笑みながら火刑台に登り、十字に作られた木に縛り付けられている。
松明に宿された炎が足元で組まれた木に移された。
まるでその命を少しでも長く繋げたいと言わんばかりだなと、今日焼かれ死ぬ運命にある彼女を重ねて皮肉った。

見世物のように焼かれる俺の妻は、痛いだろうに、熱いだろうに、計り知れない辛さを味わっているだろうに。
笑みを絶やすことはない。
時折空を眺めて見せる余裕さえ伺える。

「セピア」

名前を呼べば、目が合った。
声が届いたわけではなのだろう。それでもそのことが嬉しくて。

彼女が俺にとってのすべてになったのは、いつからか。
最初は気に食わない女だった。
何故俺が世界から忌み嫌われている魔女なんかを妻に娶らねばならないのかと散々彼女の前で厭味のように口に出した。
セピアは「まあ、それが運命だから仕方がないのよ」と朗らかに笑っていた。
その笑顔に、その懐の大きさに、惹かれるのは必然だったのかも知れない。

守ってやりたかった。

父上が魔女王との約束を反故にしなければ、民たちが魔女という存在をもっと受け入れてさえくれれば……。
いや、これは単なる言い訳だな。
俺は彼女の為に何かをしてやれただろうか。
最初で最後の我が儘を聞いてやれるだろうか。

(無理だな)

俺はこの世界を許せないし、許したくもない。
何より彼女を守れなかった俺自身をきっと一生許せない。

「なあ、セピア」

――俺も、我が儘を言ってもいいか?

「お前と共に生きたい」

風が吹く。巻き上がるような強い強い風は炎の力を加速させていく。

「口にしただで、これか」


 魔女は世界に嫌われた存在。
 魔女を擁護してはならない。
 魔女を愛してはならない。
 魔女を――殺してしまうから。


「世界に愛されているのは、もしかしたらお前の方なのかもしれないな」

セピアを括りつけていた木と共にその身体は炭になって灰になって。
そうして風に浚われていく。

ずっと見ていた。
この目で、彼女が終わる時を。
瞬く間も惜しみながら。

「愛してると、言ってもいいか?」

訊ねた声に、答えてくれた相手はもういない。
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