瞬きの日々
「静が小さい!」
「何を阿呆なことを……お主が大きすぎるんじゃ!」
ムキになって顔を歪める静に清水は笑った。
わりと背が高い方だった静のつむじが見える。
中学の後半から背がぐんぐんと伸び始めて、高校に入学する頃にとうとう静の身長を抜き、その華奢な体をすっぽり抱き締められるくらいに体が大きくなっていた。
この頃には義父は清水に暴力を奮うことはなくなっていた。
母親はやはり清水を見ることはなかったが、それでも少しずつ変わろうとしているのか、清水のやりたいことに助力してくれた。
義父は何も言わなかった。この頃には母親にも清水にも興味が失せていたのかも知れない。この一年後、義父は金を持ち出し家から出て行った。母親は止めなかった。
清水は自分には関係のない話だと思った。
今更家族になろうとも思えなかったから。
それよりも、考えていることがあった。
その考えを高校の卒業式が済んで、いつものように神社の鳥居の前で清水を待っていてくれている静の元へ来た時に言った。
「静。俺、子供作るよ」
「……お主、そのような相手が居たのか」
「ううん。でも、俺を好きだって言う子は何人か居るから、その中から選ぼうかなって」
静を独りきりにさせない為に。
子供を作って静の側に居させれば。そうすれば静はこんな寂しい場所に居なくて済む。
そんな気持ちで放った言葉は、けれども次の静の言葉によって覆された。
「お主は何様のつもりじゃ」
「え……?」
「お主と初めて会った時、わらわは気紛れでお主を鍛えると決めた。その弱い体も、心も」
けれど、わらわの教育不足であったようじゃのう。
静はそっと呆れたように、失望したように、首を振る。
「わらわは清水、お主の偽善で適当な女を自分勝手に選び、己の代わりを務めさせるというのであれば……わらわは独りであることを望む」
「なんで?俺は、静の為に」
「お主は愛のない家庭で育った。その中でどのような扱いを受けてきたか覚えておるか」
「そりゃ、まあ」
殴られ過ぎて今でも消えない傷が、服の下に隠れている。忘れたくても忘れられない。
「お主は我が子を虐げる親にはならぬであろう。しかし、愛を与えることも出来ぬであろう」
「だって……そんなの。愛なんて、静にしか貰ったことないのに。静以外にあげるなんて出来るわけないだろ……!」
「お主はまだまだ弱い。弱いのう。しかし清水。お主は人の子。弱くて当然であったのかも知れんなぁ」
「……失望した……?」
「少しばかりな」
静は相も変わらず素直に言葉を発する。
清水は哀し気にその緑がかかった灰色の瞳に睫毛で影を落とした。
しかしなぁ、と静は続けた。
「弱いお主を鍛えると約束してしまった。その言霊を無くすことはわらわの自尊心が許さん。故に、お主が強く、強く。誰かを愛せる日まで。鍛えてやろう」
「静……」
それが静の『憐れみ』であり『優しさ』であると気付けたのは、ずっとずっと、後の話。
清水は三十代に入ってから、ひとりの女性を愛した。
その女性も視える人間であったことから話は弾み、あれよあれよという間に結婚という話になっていた。
静は大層喜んだ。
「わらわの役目もこれで終わりよの」
なんて言うものだから、清水は苦く笑って「そうかなぁ」と返す。
そんなことはもちろん無いと分かっていたからだ。
結婚した翌年には子供が生まれた。
これまた静が喜んだ。どうやら生来の子供好きだったらしい。
黒いセーラー服に付いている赤いリボンを引っ張られても、その代わりにと九本の尻尾を出したり、狐火を出してやったりしては遊ばせて嬉しそうに子供の世話を焼いていた。
この時はじめて清水は静が狐の妖であったことを知り、ヤキモチを妬いた。
「俺の方がずぅっと側に居たんだからね?」
そう、自分の子供に言い聞かせていた姿を見た静と妻は、腹を抱えて笑っていた。
そうして三人の子供が生まれて、その全員が視える人間に育つが、「やはりか」と妻と二人で言ったものだ。
事前対策として静に妖にも負けないように鍛えて貰う約束を取り付けていたから心配はなかった。
「何を阿呆なことを……お主が大きすぎるんじゃ!」
ムキになって顔を歪める静に清水は笑った。
わりと背が高い方だった静のつむじが見える。
中学の後半から背がぐんぐんと伸び始めて、高校に入学する頃にとうとう静の身長を抜き、その華奢な体をすっぽり抱き締められるくらいに体が大きくなっていた。
この頃には義父は清水に暴力を奮うことはなくなっていた。
母親はやはり清水を見ることはなかったが、それでも少しずつ変わろうとしているのか、清水のやりたいことに助力してくれた。
義父は何も言わなかった。この頃には母親にも清水にも興味が失せていたのかも知れない。この一年後、義父は金を持ち出し家から出て行った。母親は止めなかった。
清水は自分には関係のない話だと思った。
今更家族になろうとも思えなかったから。
それよりも、考えていることがあった。
その考えを高校の卒業式が済んで、いつものように神社の鳥居の前で清水を待っていてくれている静の元へ来た時に言った。
「静。俺、子供作るよ」
「……お主、そのような相手が居たのか」
「ううん。でも、俺を好きだって言う子は何人か居るから、その中から選ぼうかなって」
静を独りきりにさせない為に。
子供を作って静の側に居させれば。そうすれば静はこんな寂しい場所に居なくて済む。
そんな気持ちで放った言葉は、けれども次の静の言葉によって覆された。
「お主は何様のつもりじゃ」
「え……?」
「お主と初めて会った時、わらわは気紛れでお主を鍛えると決めた。その弱い体も、心も」
けれど、わらわの教育不足であったようじゃのう。
静はそっと呆れたように、失望したように、首を振る。
「わらわは清水、お主の偽善で適当な女を自分勝手に選び、己の代わりを務めさせるというのであれば……わらわは独りであることを望む」
「なんで?俺は、静の為に」
「お主は愛のない家庭で育った。その中でどのような扱いを受けてきたか覚えておるか」
「そりゃ、まあ」
殴られ過ぎて今でも消えない傷が、服の下に隠れている。忘れたくても忘れられない。
「お主は我が子を虐げる親にはならぬであろう。しかし、愛を与えることも出来ぬであろう」
「だって……そんなの。愛なんて、静にしか貰ったことないのに。静以外にあげるなんて出来るわけないだろ……!」
「お主はまだまだ弱い。弱いのう。しかし清水。お主は人の子。弱くて当然であったのかも知れんなぁ」
「……失望した……?」
「少しばかりな」
静は相も変わらず素直に言葉を発する。
清水は哀し気にその緑がかかった灰色の瞳に睫毛で影を落とした。
しかしなぁ、と静は続けた。
「弱いお主を鍛えると約束してしまった。その言霊を無くすことはわらわの自尊心が許さん。故に、お主が強く、強く。誰かを愛せる日まで。鍛えてやろう」
「静……」
それが静の『憐れみ』であり『優しさ』であると気付けたのは、ずっとずっと、後の話。
清水は三十代に入ってから、ひとりの女性を愛した。
その女性も視える人間であったことから話は弾み、あれよあれよという間に結婚という話になっていた。
静は大層喜んだ。
「わらわの役目もこれで終わりよの」
なんて言うものだから、清水は苦く笑って「そうかなぁ」と返す。
そんなことはもちろん無いと分かっていたからだ。
結婚した翌年には子供が生まれた。
これまた静が喜んだ。どうやら生来の子供好きだったらしい。
黒いセーラー服に付いている赤いリボンを引っ張られても、その代わりにと九本の尻尾を出したり、狐火を出してやったりしては遊ばせて嬉しそうに子供の世話を焼いていた。
この時はじめて清水は静が狐の妖であったことを知り、ヤキモチを妬いた。
「俺の方がずぅっと側に居たんだからね?」
そう、自分の子供に言い聞かせていた姿を見た静と妻は、腹を抱えて笑っていた。
そうして三人の子供が生まれて、その全員が視える人間に育つが、「やはりか」と妻と二人で言ったものだ。
事前対策として静に妖にも負けないように鍛えて貰う約束を取り付けていたから心配はなかった。