瞬きの日々
「静おねえちゃん!」
とある日。清水が来るのを今か今かと神社で待っていた静の前に現れたのは、絆創膏を頬に貼った清水。
はて?清水の親御は見えぬところにしか傷を与えなかった筈だが?
静が首を傾げていれば、清水が興奮気味に重そうなランドセルを揺らしながら近寄ってくる。
「何事じゃ。斯様に大声なんぞ出して」
「俺、友達が出来たんだ!」
いつの間にやら『ぼく』から『俺』に一人称を変えていた清水に静が慣れた頃。
話し相手と言えば静しか居なかった清水に友達が出来た。
「ほう。それは良かったな。して、その怪我はどうした?」
「あ、これ?友達になった子と男の友情育んできた!」
にっかりと白い歯を見せる清水に、キョトンと目をまあるくする静。
「男の友情?喧嘩で育まれるのか?」
「うん!」
「そうなのか……ふぅむ。人間とは不思議な生き物よな」
顎に手を宛てがい清水の言葉を不思議がる静。その金の瞳は好奇心に揺れていた。
「それでね?静おねえちゃん」
「うん?」
「静おねえちゃんに、友達になった子と会って欲しくて……だめ、かなぁ?」
「……お主は阿呆か。わらわのことを知っておろう。わらわは妖。ヒトならざるモノ。駄目に決まっておろう」
「……静おねえちゃんのけちんぼ」
「そのように生意気な口を利くお主には、今夜の卵焼きは無しじゃのう」
「ええ!酷い!俺、静おねえちゃんの卵焼き大好きなのに!」
「酷いのは清水であろう。面倒を見てやっているわらわに向かって『ケチ』等と」
腰を手で掴んで仁王立ちする静に、清水は「ごめんなさい」と小さく謝った。
「ふ、ふふ。良い良い。冗談だ。泣き虫清水が成長した証だ。わらわは喜ばしいぞ!」
「静おねえちゃん……!」
「さて、少し稽古をつけてから夕食にするぞ。どうせ泥だらけじゃからのう」
「うん!」
**
「ついに此処まで来てしまったか」
「もー、それ何度目?」
眉間に皺を寄せる静に清水は呆れたように肩を竦める。
その服装はついこの間までの長袖ではない。いや、長袖ではあるのだが、形が変わっている。
「そんなに俺が静と同じ中学校に行くのが嫌なの?」
「嫌だ」
「本当に素直だよね、静は」
「憎たらしい子に育ったものだ。わらわを『おねえちゃん』と呼んでいた清水が懐かしい……」
清水は中学校に上がるのを期に、静のことを『おねえちゃん』と呼ぶのをやめた。
もう中学生なのに恥ずかしい、と。
それが静にとっては少し寂しくもあった。
しかし、それとこれは別問題だ。
「お主の校区は別じゃろう」
「今は選択式なんだよーだ」
「わらわとしたことが……あの中学にしか通ったことがなかった故に知らなんだ。今からでも変えよ清水」
「無理だよ。もう制服も買っちゃったんだから」
「ああ、まあ、それについてはお主も強くなったと言えようぞ」
清水が静の制服を見て、静の通っている中学校を調べて、母親にお願いしたのだ。
自分のことを全く見ようともしない母親は、清水と違って黒い瞳を清水の緑がかった灰色の瞳を何年か振りに真っ直ぐと見てくれた。そうして小さく「分かったわ」とだけ言って、必要な金額を渡してくれた。
もしかしたら世間体を気にしての行為だったのかも知れない。
今では義父の暴力も受け流せるようになった清水に畏怖を抱いたからかも知れない。
でも、今の清水にはそんなことは些末なことであった。
静と同じ学校に通える!
それはいつからかの願望であった。
今までは朝と夕方から夜に掛けてのちょっとした時間しか居られなかった。
でも同じ中学校に通えば一日中、静と一緒に居られる。
静は嫌そうにしているが、清水はただただ毎日が待ち遠しくて。
そうして入学式を迎えた。
清水は幸せだった。
だからその違和感に、気付かないフリをしていたのかも知れない。
**
中学一年生の冬を過ぎ、二年生に上がった春。それは起こった。
「静、俺より学年下になっちゃったね」
「わらわはずっと中学に通っておるからな」
「じゃあ、一緒の高校には通えないね」
「そうだのう。気が向けば行くかも知れんが、わらわはこの格好が気に入っているからな。まだまだ、卒業する気はないぞ」
「先月卒業式に出てたくせに」
「それはそれ。これはこれ、じゃ」
泣きながら静に抱きつく同級生であろう少女。
羨ましいなぁ、なんて思いながら、静に撫でられた今よりももっと子供だった時が懐かしいと過去に想いを馳せていた。
明日から静は居ないんだと、そう思っていたから。
だから入学式の日に静が新入生の証である花を付けていたことに驚いた。
そうして静の言葉に思い出す。
静は『妖』だったと。
金糸の腰までの髪に金色の瞳は人間離れした美しさを持っていて。
陶器のように白い肌は夏でも変わらなかった冬仕様の黒いセーラー服で覆われている。
静は、中学生のまま。初めて出会った少女のまま。その姿は永遠に変わらない。
疑問にも思わなかった。忘れていた。静がヒトならざるモノだと言うことを。
その時はじめて、そう。はじめて清水は恐怖した。
静が妖であることにではない。
もしかしたら自分は、静を置いていく存在なのではないのだろうか、と。
その日。静の住処である神社の妖力で作られた部屋で静の隣に眠った。久しぶりに駄々を捏ねて「泊めて」と強請ったのだ。
静は「まだまだ乳臭いガキでじゃのう」と嬉しそうに布団を敷いてくれた。
その優しさが嬉しくて、同時に怖かった。
静をこんな寂れた神社に独り置いて行くのが、怖かった。
静に手を差し伸べられた日以来、久しぶりに清水は泣いた。
とある日。清水が来るのを今か今かと神社で待っていた静の前に現れたのは、絆創膏を頬に貼った清水。
はて?清水の親御は見えぬところにしか傷を与えなかった筈だが?
静が首を傾げていれば、清水が興奮気味に重そうなランドセルを揺らしながら近寄ってくる。
「何事じゃ。斯様に大声なんぞ出して」
「俺、友達が出来たんだ!」
いつの間にやら『ぼく』から『俺』に一人称を変えていた清水に静が慣れた頃。
話し相手と言えば静しか居なかった清水に友達が出来た。
「ほう。それは良かったな。して、その怪我はどうした?」
「あ、これ?友達になった子と男の友情育んできた!」
にっかりと白い歯を見せる清水に、キョトンと目をまあるくする静。
「男の友情?喧嘩で育まれるのか?」
「うん!」
「そうなのか……ふぅむ。人間とは不思議な生き物よな」
顎に手を宛てがい清水の言葉を不思議がる静。その金の瞳は好奇心に揺れていた。
「それでね?静おねえちゃん」
「うん?」
「静おねえちゃんに、友達になった子と会って欲しくて……だめ、かなぁ?」
「……お主は阿呆か。わらわのことを知っておろう。わらわは妖。ヒトならざるモノ。駄目に決まっておろう」
「……静おねえちゃんのけちんぼ」
「そのように生意気な口を利くお主には、今夜の卵焼きは無しじゃのう」
「ええ!酷い!俺、静おねえちゃんの卵焼き大好きなのに!」
「酷いのは清水であろう。面倒を見てやっているわらわに向かって『ケチ』等と」
腰を手で掴んで仁王立ちする静に、清水は「ごめんなさい」と小さく謝った。
「ふ、ふふ。良い良い。冗談だ。泣き虫清水が成長した証だ。わらわは喜ばしいぞ!」
「静おねえちゃん……!」
「さて、少し稽古をつけてから夕食にするぞ。どうせ泥だらけじゃからのう」
「うん!」
**
「ついに此処まで来てしまったか」
「もー、それ何度目?」
眉間に皺を寄せる静に清水は呆れたように肩を竦める。
その服装はついこの間までの長袖ではない。いや、長袖ではあるのだが、形が変わっている。
「そんなに俺が静と同じ中学校に行くのが嫌なの?」
「嫌だ」
「本当に素直だよね、静は」
「憎たらしい子に育ったものだ。わらわを『おねえちゃん』と呼んでいた清水が懐かしい……」
清水は中学校に上がるのを期に、静のことを『おねえちゃん』と呼ぶのをやめた。
もう中学生なのに恥ずかしい、と。
それが静にとっては少し寂しくもあった。
しかし、それとこれは別問題だ。
「お主の校区は別じゃろう」
「今は選択式なんだよーだ」
「わらわとしたことが……あの中学にしか通ったことがなかった故に知らなんだ。今からでも変えよ清水」
「無理だよ。もう制服も買っちゃったんだから」
「ああ、まあ、それについてはお主も強くなったと言えようぞ」
清水が静の制服を見て、静の通っている中学校を調べて、母親にお願いしたのだ。
自分のことを全く見ようともしない母親は、清水と違って黒い瞳を清水の緑がかった灰色の瞳を何年か振りに真っ直ぐと見てくれた。そうして小さく「分かったわ」とだけ言って、必要な金額を渡してくれた。
もしかしたら世間体を気にしての行為だったのかも知れない。
今では義父の暴力も受け流せるようになった清水に畏怖を抱いたからかも知れない。
でも、今の清水にはそんなことは些末なことであった。
静と同じ学校に通える!
それはいつからかの願望であった。
今までは朝と夕方から夜に掛けてのちょっとした時間しか居られなかった。
でも同じ中学校に通えば一日中、静と一緒に居られる。
静は嫌そうにしているが、清水はただただ毎日が待ち遠しくて。
そうして入学式を迎えた。
清水は幸せだった。
だからその違和感に、気付かないフリをしていたのかも知れない。
**
中学一年生の冬を過ぎ、二年生に上がった春。それは起こった。
「静、俺より学年下になっちゃったね」
「わらわはずっと中学に通っておるからな」
「じゃあ、一緒の高校には通えないね」
「そうだのう。気が向けば行くかも知れんが、わらわはこの格好が気に入っているからな。まだまだ、卒業する気はないぞ」
「先月卒業式に出てたくせに」
「それはそれ。これはこれ、じゃ」
泣きながら静に抱きつく同級生であろう少女。
羨ましいなぁ、なんて思いながら、静に撫でられた今よりももっと子供だった時が懐かしいと過去に想いを馳せていた。
明日から静は居ないんだと、そう思っていたから。
だから入学式の日に静が新入生の証である花を付けていたことに驚いた。
そうして静の言葉に思い出す。
静は『妖』だったと。
金糸の腰までの髪に金色の瞳は人間離れした美しさを持っていて。
陶器のように白い肌は夏でも変わらなかった冬仕様の黒いセーラー服で覆われている。
静は、中学生のまま。初めて出会った少女のまま。その姿は永遠に変わらない。
疑問にも思わなかった。忘れていた。静がヒトならざるモノだと言うことを。
その時はじめて、そう。はじめて清水は恐怖した。
静が妖であることにではない。
もしかしたら自分は、静を置いていく存在なのではないのだろうか、と。
その日。静の住処である神社の妖力で作られた部屋で静の隣に眠った。久しぶりに駄々を捏ねて「泊めて」と強請ったのだ。
静は「まだまだ乳臭いガキでじゃのう」と嬉しそうに布団を敷いてくれた。
その優しさが嬉しくて、同時に怖かった。
静をこんな寂れた神社に独り置いて行くのが、怖かった。
静に手を差し伸べられた日以来、久しぶりに清水は泣いた。