人魚に恋されたニンゲン

「人魚に恋されちまった人間はな――」

ちゅ、とシルバーはLの心臓の上に口付けた。

瞬間――

「……え」

先程の疑問の言葉と同じような言葉と共に、Lの身体はシルバーに寄りかかる。

どくん、どくん、とくん、とく、……。

Lの心臓の音は虚しくも消え去った。
シルバーはそんなLのもう魂のない亡骸を見て笑う。

「人魚に恋されちまった人間はな?人魚に生気を奪われて、激しい心臓の収縮によって、死ぬんだよ」

そうして、ニンゲンに恋した人魚は――

「L。お前をはじめて見た時から、オレはお前に恋焦がれてたぜ。お前がオレを愛さないと知っても。お前の中に『研究対象』以外の感情がなくても。それでも、オレはこの長い生の中で、終わりを告げてくれるお前に出逢えて、触れられて、幸せだった」

お前はきっともっともっと研究がしたかっただろう。
オレなんかに囚われなければ普通のニンゲンと同じような思考も何れ持ちニンゲンの女と結婚でも何でもしただろう。
けれど。オレはそれが許せなかった。

「あの時、海の底に沈んだお前を見て思ったよ」

――なんて綺麗なニンゲンなんだろう、ってな。

シルバーは真珠のような涙を流しながらLの躯を抱く。

「愛してるぜ、L」

そっとシルバーはLの白くなってしまった唇に口付けた。
唇への口付けだけは許さなかったオレを褒めてくれよな?
いや、自分本位な願い故なんだけどさ。
だって唇に口付けされたら、そのまま息絶えてしまうから。
人魚は死した後しか愛したニンゲンと口付けが出来ないのだ。
それを神様とやらが現れてオレの教えてくれた。


『お前は数千年経ってようやく再生できた唯一の人魚なのだから』と。


「える……える……」

シルバーはLの名を呼ぶ。
その度にシルバーの身体は段々と形を崩していき、数瞬の後に最期までLを抱き締めたまま泡となって消え去った。




数日後、Lの姿を見掛けないと騒ぎになりLの研究室に入った者が見たのは、檻の中に居るLのみ。
その檻の中は深海と同様になっていて、Lの着ている白衣のポケットの中にある薬を飲まなければ一分も持たないのだと研究者達は知っていた為、近付けない。
こうしてLはシルバーの思惑通りなのかどうなのか。
シルバーなりの独占欲故にLは誰の手にも触れられずにその躰の寿命も終わらせるのだった。



『人魚に恋されたニンゲンは人魚の魔力により死に、ニンゲンを愛した人魚もまた泡となって消えるんだ』


永い時間を生きたひとりきりの人魚。
その人間を殺すと知っても尚、近付いてしまった。
生気を奪い、その人生を終わらせて、それを看取った後に自分の永かった生も終わらせることが出来た。
シルバーにとってだけの、幸せな終わり方。
そう。ひとりきりだった人魚のみが思い続けている。
何処まで行っても、この想いは伝わらないと。
人魚だけが。信じ続けたまま――
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