人魚に恋されたニンゲン

その日は『彼』にとっての不運でもあり『彼』にとっての幸運でもあった。

「……!」

ソレを目にした時、感動で数瞬動くことが出来なかった。
浜辺で横たわる少年。
銀色の髪。瞑られてはいるが、きっとそこには宝石のような蒼い瞳が眠っているだろうとLは確信した。
その身体は上半身は滑らかな剥き出しの肌。桃色の飾りが二つ見えた。
けれどLが興奮したのは、その下半身。

太陽の下。七色に輝く、それは正しく『尾びれ』

「彼だ……」

Lは直感した。
あの日。子供の時に自分を助けてくれた彼だと。
Lは気を失っている少年を抱き上げる。

「……っう」

低く唸られ、持ち方が悪かったのかと思ったが、違った。
少年の剥き出しの白い上半身と七色の尾びれについた火傷のような痕。
それはLが触れている場所であった。

(嗚呼……彼はなんて僕を興奮させるんだ)

抱きかかえたままちゅっと首筋に吸い付いた。
そこにも火傷のような痕。
キスマークではないその傷に、Lは確かに興奮した。
自分を助けてくれた少年を、自分の手で傷付ける、その背徳感に。
この時のLには、いや今後のLにも『愛』という感情はなかった。
ただこの美しい少年を手に入れられたことに満足していた。
この少年が目を覚ましたら、そうしたらどんは反応があるかな?
きっと拒絶されるだろう。きっと嫌われるだろう。
それだけは思考にあったけれども。
嫌われようとも、拒絶されようとも。

(僕の研究対象を逃がす気はないよ)

Lはあの日と同じ。
海の底よりも暗い眼差しで、少年を見つめた。


研究施設に帰ってまず行ったことは、人魚の少年を檻に入れることであった。
この檻の中は普通の空間のように見えるが、Lの作った薬を飲まなければ窒息死してしまう。
いつ人魚を迎え入れても良いように作った、深海の模造品である。
L以外にこの薬を持っているモノは居ない。
故にLしかこの人魚に触れることは許されない。
そっとベッドに寝かした。
自分で作っておきながら、本当にこの檻の部屋は深海と同じようになっているのだろうか?と疑問に思うも、実際L自身が試しに入って窒息しかけた覚えがあるので、本物なのだろう。

ヒトはLを『天才』とも『イかれた野郎』とも呼ぶ。

構ったことはない。構う必要もない。
Lにとって大切なのは、人魚。
それもここに横たわっている銀糸の髪を持った人魚ただひとりなのだから。

「……んぅ」

少年は小さく呻く。桃色の唇から漏れ出す先程も聞いたその高いテノールというよりもソプラノの声に、また興奮した。

「君は僕を……どう思うかな?」

別にどう思われても良いけれど。
ピクピクと少年の瞼が震えた。
ゆっくりと開かれていく先にあるのは、嗚呼――求めた色だ。

「おはよう。どんな気分だい?」

「……お、まえ、……誰だよ」

「僕はL。君は今日から『シルバー』と名乗ってね」

「いみ、わかんねぇ……」

掠れた声。気だるげな態度。あまり宜しくない口調。
これが、彼、か。
Lは落胆することもなく、にっこりと微笑んで、シルバーと名付けた少年の肌に手を添わせた。

「……っく、ぅ」

目の端に涙を浮かべて、シルバーはその七色の尾びれをバタバタと暴れさせる。
枷などはしない。その美しい肌にL以外のナニかが傷をつけることをLは許せなかったから。

「っ、てっめぇ……何しやがるんだ!」

「マーキングだよ?」

「何当然みたいな顔してやがる」

「別に良いじゃない。僕は君に触れたいから触れるのであって、君が喚こうと知ったことではないね」

「……お前、変なニンゲンだな」

「良く言われるよ」

Lはまたにっこりと微笑んで、その白い滑らかな肌に頬、首、鎖骨、胸、腹と順に下に唇を滑らしていく。
その間もびくびくと跳ねる尾びれ。
笑いながらシルバーに『マーキング』だと口付けるL。
Lの頭の中には狂喜しかなかった。
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