いとしいとしとなくこころ

目を覚ますと、見たこともないような赤い檻に隔てられた座敷に寝かされていた。


「目が覚めた?」

「ぼ、う?」

「おはよう蛇さま」


髪の毛を撫でる坊はニコリと笑みを浮かべるとそのまま頬に手を滑らせる。


「これから蛇さまはこの部屋で暮らすんだよ。誰に会うわけでもない。誰の目に晒されることもない。僕だけが蛇さまの全てになるんだ」

「……ぼう」

「その坊っての、やめてよ」


貴女が付けてくれた名前で呼ばれたいな。
そう言った坊に、私は微かに微笑みを返して再度「坊」と呼ぶ。
その静かな拒絶に、坊はむっと顔をしかめるが、何を思いついたのか声を発する。


「いいよ、でも代わりに蛇さまの名前を教えて?僕、知りたいなぁ」

「……」

「拒絶なんて出来ると思ってるの?」


ちらりと見せられた札に、まだ隠し持っているのかと呆れもした。
私を捕らえたヒトは、一体どれだけ周到な用意をしていたのだろうか。
けれど、


「……何を言われようと、私の名前はお教えすることは出来ませんよ」

「だから、」

「私には名前がありません。過去に気紛れに付けられた名はありましたが。囚われヒトに神に祭り上げられるまでは、ただ少し長く生きていただけの蛇でしたから」


蛇に名はありません。
ですから私の名を呼びたければお好きに付けて下さって構いませんよ。
投げやりにそう言えば、坊は一瞬呆然とするも次の瞬間には嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「僕が蛇さまの名前を考えてもいいの?本当に?」

「ええ、お好きにして下さい」


見れば檻にも封じの札が貼られている。
そうそう逃げることも叶わないだろうこの状況に、私は既に諦めが付いた。


「ふふ、蛇さまに似合うとっておきの名前、考えておくね」


嬉しそうに楽しそうに幸せそうに笑う坊に、私はけれど瞼を伏せることで坊の姿を見ないようにする。
こんな風に年端もいかぬ子供のように笑う坊なんて見たくもない。
けれど瞼を閉じたとて、あのいとしい姿が眼裏に浮かぶから、どうしようもない気持ちになるのは変わりない。


(坊)


貴方を狂わせてしまったのは、私ですか?


その疑問さえ、もうこの愛し子に投げ掛けることは出来ないのかと、自嘲気味に笑った。
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