もうキミは何処にも居ない

ふっと意識が浮上した。


「…………ん、」

「陛下!」

「陛下がお気付きになられたぞ!」

「信じられない……奇跡だ!?神が奇跡を起こしてくださった!!」


まず先に見えたのは今にも泣き出しそうな年老いた乳母の姿。
その次に喧しく騒ぐ兵士や医者の声を何処か遠くで聞きながら、ぼんやりと霞む視界に映った見慣れた天井を見て、私は何が起こっているのか理解が出来なかった。


不治と呼ばれた病だった。
もう治らぬと。ただ和らげることしか出来ないのだと。
そんな状態だった私が、何故生きている?


「……なぜ」


私は生きている?


ぽつりと呟いた疑問に返ってきたのは側近の声。


「あの方のお陰です」


側近の言葉に視線を向けると、側近は一枚の薄布をその両手に恭しく持っていた。


その布に、見覚えがあった。


物欲がなく、今有るものだけで充分だと常日頃から言っていた彼女にそれでも何か渡したくて。
そんな私を見兼ねてか、困ったような顔をしながら「これでいい」とたまたま私が持っていたストールを奪っていった。
私が使った物で良いのか?と何度も言ったけれど彼女は聞かず、「これでいいの」と何の価値もないそのストールを彼女は酷く大切にしていた。


何故それが側近の腕にあるのか。
思考が追い付かない。
いや、本当は分かっているんだ。
分かっているからこそ、気付きたくはないのだ。
けれど側近は言い難そうに眉間に皺を寄せながら口を開く。


「あの方は陛下を救う為に禁忌の法を使って陛下の病を治して下さいました」


魔法を使える一族が『禁忌』としている術がある。
それは自分の命と他人の命の残量を取り替えるというもので。
彼女が気紛れに教えてくれた事を確かに覚えている。


私に残ったほんの僅かな命の残量。
彼女はそれを引き受けたというのだろうか?
何の為に、なんて。
そんなもの決まっている。
私が彼女の記憶の中に残りたかったように。
彼女は私の中に自分の存在を植え付けたのだ。


永劫消えぬ、苦しみとして。
最大限の、愛情として。


彼女の中には最期まで私が居た。
そして私の中にも、命尽きるまで彼女が居るのだろう。
それは確かに望んだことだったのに。
なのに何故だろうか?
こんなにも涙が止まらない。


「     」


紡いだ名前にいつだって笑顔で答えてくれたキミは。
もうこの世界の何処にも居ないのだ。
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