もうキミは何処にも居ない
「なんだ?笑いに来たのか」
兵士と側近に刃を向けられながら相対するのはこの国の元王妃。
女は私の言葉なんて聞こえていないかのように、感情の見えない冷たい眼差しでただ静かに私を見つめていた。
「……構わない。最期だ、恨み言くらい聞いてやろう」
沈黙に耐え切れずにそう口にした。
側近に目配せをして兵士に刃を下ろさせる。
けれど彼女は詰め寄ってくることもなく、何か吐き捨てる訳でもなく。
ただ私を冷たく見つめるだけで。
(何か、言ってくれ)
無様にもそう言いそうになった唇を噛み締める。
病んでしまった不自由な身体はもう寝所から起き上がる事すら叶わない。
抱き締める為の腕はとうに上がらず、触れる事すら出来はしない。
いや、触れる事が出来たとしても私にはお前に掛ける言葉すら持ち合わせてはいないのだけれど。
『異教の魔女』
そう呼ばれ蔑まれたお前を城から追放したのは私で。
その直ぐ後に大臣達に言われるがままに別な妃を迎えたのも私で。
その妃は移るからと随分前から会っては居ないけれど、お前を傷付けてきた事に変わりはないから。
――言い訳にしかならないだろうが、私はただ、お前を守りたかった。
邪推な眼差しを向けられ『魔女』と蔑まれ。
私の居ない時には王妃として扱われる事すらない彼女の姿を見るに耐えられず。
嫌ってくれればいいと。
憎んでくれればいいと。
そう願いながらお前に冷たく当たり傷付け、お前を突き放した。
「……なんとか言ったらどうだ」
なぁ、何か言ってくれないか。
恨み言でも、憎しみの言葉でも、何でもいい。
お前が受けた悲しみや辛さを全て受け止めるから。
だからどうか、声を聞かせてくれ。
「…ふふ」
不意に彼女が笑みを零した。
哀れむように。
いとおしむように。
眦を下げながら、口を開く。
「私は貴方を恨む気なんて毛頭ないわ。勿論、憎くなんてない」
「……何を」
言っているんだ。
恨む気なんてない?
憎くなんてない?
そんなこと、ある筈がないだろう!
そう怒鳴り声を上げたくても、出来なくて。
不自由な身体に苛立ちながら、彼女を見やる。
「私はね」
彼女が一歩、足を踏み出す。
「別に貴方を笑いに来たわけじゃないの。勿論、呪いなんてものを掛ける気もない」
しっかりと踏み出される足は、確かに私の元に向かっていて。
あと一歩で触れ合えるという所で彼女はピタリと足を止めた。
兵士達は優秀な側近が止めているのか動かず、その場で固唾を呑んでいる。
「私はね?陛下」
ゆっくりと伸びてくる白く細い腕。
その指先が頬に触れた瞬間。
「貴方に嫌がらせをしに来たのよ」
求めた彼女は、まるで悪戯をする子供のように笑って。
触れられた頬に添わされた指が顎の輪郭をなぞるように動かすと、私の上に影が掛かった。
「――っ!?」
柔らかく塞がれた唇。
塞いだのは慣れ親しんだ彼女の唇で。
求めて求めて求めて。
だからこそ手放した彼女に触れられた瞬間。
幸せだと思った。
今この瞬間に息絶えれたなら。
私はこの幸せを味わったまま死ねるのだと思うと。
本当に、幸せだ。
頭に靄が掛かったかのように、意識がゆっくりと白に染まっていく。
(ああ、死ぬのか)
そう思った瞬間だった。
「 」
唇を話した彼女が紡いだ言葉に返そうと唇を開いたが、意識が急速に遠退いていった為に声帯が震える事はなかった。
落ちていく意識の中で彼女に言われた言葉が何度も何度も繰り返される。
「ずっとずっと大好きよ。だから死なせたくないの」
兵士と側近に刃を向けられながら相対するのはこの国の元王妃。
女は私の言葉なんて聞こえていないかのように、感情の見えない冷たい眼差しでただ静かに私を見つめていた。
「……構わない。最期だ、恨み言くらい聞いてやろう」
沈黙に耐え切れずにそう口にした。
側近に目配せをして兵士に刃を下ろさせる。
けれど彼女は詰め寄ってくることもなく、何か吐き捨てる訳でもなく。
ただ私を冷たく見つめるだけで。
(何か、言ってくれ)
無様にもそう言いそうになった唇を噛み締める。
病んでしまった不自由な身体はもう寝所から起き上がる事すら叶わない。
抱き締める為の腕はとうに上がらず、触れる事すら出来はしない。
いや、触れる事が出来たとしても私にはお前に掛ける言葉すら持ち合わせてはいないのだけれど。
『異教の魔女』
そう呼ばれ蔑まれたお前を城から追放したのは私で。
その直ぐ後に大臣達に言われるがままに別な妃を迎えたのも私で。
その妃は移るからと随分前から会っては居ないけれど、お前を傷付けてきた事に変わりはないから。
――言い訳にしかならないだろうが、私はただ、お前を守りたかった。
邪推な眼差しを向けられ『魔女』と蔑まれ。
私の居ない時には王妃として扱われる事すらない彼女の姿を見るに耐えられず。
嫌ってくれればいいと。
憎んでくれればいいと。
そう願いながらお前に冷たく当たり傷付け、お前を突き放した。
「……なんとか言ったらどうだ」
なぁ、何か言ってくれないか。
恨み言でも、憎しみの言葉でも、何でもいい。
お前が受けた悲しみや辛さを全て受け止めるから。
だからどうか、声を聞かせてくれ。
「…ふふ」
不意に彼女が笑みを零した。
哀れむように。
いとおしむように。
眦を下げながら、口を開く。
「私は貴方を恨む気なんて毛頭ないわ。勿論、憎くなんてない」
「……何を」
言っているんだ。
恨む気なんてない?
憎くなんてない?
そんなこと、ある筈がないだろう!
そう怒鳴り声を上げたくても、出来なくて。
不自由な身体に苛立ちながら、彼女を見やる。
「私はね」
彼女が一歩、足を踏み出す。
「別に貴方を笑いに来たわけじゃないの。勿論、呪いなんてものを掛ける気もない」
しっかりと踏み出される足は、確かに私の元に向かっていて。
あと一歩で触れ合えるという所で彼女はピタリと足を止めた。
兵士達は優秀な側近が止めているのか動かず、その場で固唾を呑んでいる。
「私はね?陛下」
ゆっくりと伸びてくる白く細い腕。
その指先が頬に触れた瞬間。
「貴方に嫌がらせをしに来たのよ」
求めた彼女は、まるで悪戯をする子供のように笑って。
触れられた頬に添わされた指が顎の輪郭をなぞるように動かすと、私の上に影が掛かった。
「――っ!?」
柔らかく塞がれた唇。
塞いだのは慣れ親しんだ彼女の唇で。
求めて求めて求めて。
だからこそ手放した彼女に触れられた瞬間。
幸せだと思った。
今この瞬間に息絶えれたなら。
私はこの幸せを味わったまま死ねるのだと思うと。
本当に、幸せだ。
頭に靄が掛かったかのように、意識がゆっくりと白に染まっていく。
(ああ、死ぬのか)
そう思った瞬間だった。
「 」
唇を話した彼女が紡いだ言葉に返そうと唇を開いたが、意識が急速に遠退いていった為に声帯が震える事はなかった。
落ちていく意識の中で彼女に言われた言葉が何度も何度も繰り返される。
「ずっとずっと大好きよ。だから死なせたくないの」