運命でなく

「死なせませんよ。どうして恋しい君が目の前で息絶えるのを見なければならないのです?」


漸く手に入ったのに。


そう言ったのは確かにターゲットである彼で。
たった一時でもと願い、肌を合わせて。
彼が眠った隙に首を掻き切ろうとした瞬間、鈍い痛みと共に金属が折れる音を聞いた。

けれど確認する前に捕らわれた両の手首。ベッドに押し付けられる。
頭の上で交差した腕に走る痛みを感じる前に眼前に迫るのは、つい先程まで熱を交わした男の顔。
そうして言われたのは、あまりにも想定外な言葉。


「私はね、君が私の手に堕ちてきてくれるのをずっと待っていたんだよ?それなのに君に死なれたら困ってしまうじゃないか」

「……私は、国の弱味にはなりませんよ」

「はは。分かっているよ?きっとこんな女なんて知らないとシラを切られてしまうのだろうね」

「だったら」

「言っただろう?君が恋しくていとおしいんだ。だから手に入れたかった」


君は随分な覚悟で私の元に来たみたいだけれどね。
私は一度きりで君を手放してあげられるほど、出来た人間ではないんだよ。


「だから君は私の物だ」

「それはっ」

「出来ないのなら君の国を潰す」

「な、っ」

「君の仲間だけじゃない、無関係な人間も一人残らず。君の言葉で君の国の人間の命は左右される――優しい君は、それでも拒めるかい?」


私の意志は関係ない。
これは強制だと、目を見て分かった。


確かに私は、私の命なんてどうでもいい。
仲間の命なんて正直興味もない。弱ければ死ぬ。それだけだ。
けれど国の人間の命となるならば話は別だ。
だって私が今この場で息をしていられるのは、国のお陰なのだから。
死んだって構わないと言うのは、国の為ならばという前提があっての言葉だ。
だから彼の言葉は私の望まないところで。


彼は、私が頷かなければ実行するのだろう。
迷うことなく、やってのけてしまうのだろう。
その上で私を囲う気なのだろう。


逃げても頷いても、残された未来は変わらず。
死ぬための武器もない。
舌を噛み切ったって逃げられない。
自分の命か。
国の命か。


そんなの。
1つしか答えはない。


「決まったようだね。嬉しいな」


私の様子を見て、私が受け入れる事を感じ取ったのか彼は笑った。
よく見た、あのはにかむような顔で。
私が最初に胸撃たれた顔で。
本当に嬉しそうに。
そんな顔を見せられたら、私はもう何も言えない。
だって結局、私は彼に心を奪われてしまっているから。



これをもし、運命だと言うのなら。
運命というのは喜劇がお好きらしい。
だってこんな結末を。
悲劇とは呼ばないのだろうから。
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