運命でなく

貴方に出会ったのは運命でも何でもなくただの仕事で。
依頼されたことをたまたま私が上司から命令されて引き受けただけ。


私のターゲットは隣国のお偉いさんで。その国は依頼人からしたら邪魔なのだと言う。
何か弱味になるようなものか、いっそのこと殺しても構わないと言われた。
聞いただけだから詳しくは分からないけれど、後者が恐らく依頼人の本音なのだろう。

それはまた自分の命も危うくなるなと頭の片隅で思いながら。
任務をこなす為に隣国に忍び込んだ。
多分、私が私の命に興味がないからこそ迷いなく出来たこと。
それを分かった上での命令なのだから。期待からか、死んでも構わないからか。
どちらにしろ上司も中々にシビアな考えをお持ちのようだ。


こんな仕事をしていて、恩情も何もあったものではないのだけれども。
それでも今回限りは上司も依頼人も恨んだ。
何故自分を選んだのかと。




単刀直入に言ってしまえば、弱味を握ることは疎か、殺すことすら出来なくなったのだ。
ターゲットである男に恋情を抱かれてしまったから。
そんなことは良くあることだとは知っている。
実際これまでの任務でも同じ様に恋情を抱かれたことは多々あった。
では何故任務を遂行できないのか。
それは偏に、私もターゲットに恋情を抱いてしまったからに他ならない。


なんてことだと頭を抱えた。
これから殺すことになるであろう人間に恋をするだなんて。
どんな悲劇、いや、喜劇か。
どちらにしてもあまりにも馬鹿らしい。


この気持ちがまだ淡いうちにさっさと仕事を片付けてしまおう。
そう思うのに。上手くいかないのはきっと、


(彼が、優しすぎたから)


私に触れる指も、はにかむように笑う顔も、恥ずかしそうに頭を掻く仕草も何もかも。
ナイフを持つ手を鈍らせる。
毒を盛るのを躊躇する。
気付かれたくないと思ってしまう。
首を一掻きすればそれで終わる関係だというのに。
中々どうして身体が言うことを聞いてくれない。


もう駄目だ。
どうしたって私は戻れない場所に来てしまった。
なんて厄介な感情を植え付けられたのであろう。
これがターゲットの策略であったなら大成功だ。
例えそれが策であっても、私はもうナイフを向けることは疎か、殺意すら抱くことが出来ないのだから。


対した策士だ。
策でなければと願わせてしまうなんて。


私にはこの先どう転んでも、自身の首を掻き切る以外の道が残されていない。
任務を失敗した人間に、容赦なんてありはしないのだ。




――ああ、ならばいっそ。
自分の思う通りに動いてみようか?
たった一時だけでも、普通の女になってみようか。
それで私がターゲットに殺されたのなら。



それは本望だ。
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