銀と黒と紅の

その後。シルフィ視点。




「――今まで黙っていて下さってありがとうございましたジル」

「いいよ。シルフィが話さなきゃいけない話みたいだったしね?」


ギドが訪れてから、最初に交わした会話以外ずっと口を噤んでくれていたジル。
隣で黙々と菓子を口にしていたが、ひしひしと苛立ちにも似た感情が伝わってきていた。
それでもギドを優先対象として扱ったのは、あの悪魔が場合によってはジルを人質にしてでもセレフィナの情報を得ようとしていたのは分かっていたから。
ジルも気付いていたからこそ、何も言えなかったのだろう。
だからわたくしは謝罪とお礼の言葉を口にした。


「それにしてもシルフィ?悪魔ってあんなにも独占欲が強いものなの?それともギドさん限定?」


殺気が凄くて肌が痛かったよ。
腕を摩りながらそう言うジルに笑みを浮かべる。


「個人差はありますわ。けれどまあ、大体あんなような方々ですわね」


悪魔は非情に見えて、実際は独占欲が非常に強い。
特に何らかの契約を交わした相手には。


(まあ、もっとも。ギドは悪魔にとってしても異例扱いですけれども)


それをジルに言う必要は、今のところはない。
ジルはわたくしの言葉に頬を引き攣らせる。


「それは、……あまり関わりたくないね」

「ふふ。その心掛けは大切ですわ。悪魔に心を許すのはもっとも危険な行為ですから」

「そうするよ。……でもシルフィ。どうしてセレフィナさんはギドさんに冥府の王だっけ?の所に行くことを教えなかったんだろうね。いつもは伝えて行くんだろう?」

「……普段は確かにそうですわ。けれど伝えれば必ずギドが許さない相手なのですよ。あの方は」


数百年前に人間の少女を妃にした冥府の王は、少女に対して狂気を抱いた。
その狂気から少女と冥府の王を救わんと力を貸したのがセレフィナだった。
その時に一悶着があったようで、セレフィナは全身に数十年は癒えないだろう傷を負って帰ってきた。
ヘラヘラとして居たセレフィナとは対照的に、その時のギドの顔と言ったら。思い出しただけでも寒気がします。
普段は決してセレフィナに向けるような表情ではなく、アレは悪魔そのものの怒りに身を任せそうた顔だった。
セレフィナはギドを宥めながら薬を魔女仲間に作らせ、それを飲むと十年ほど深く眠った。
傷をいち早く治すためには一番手っ取り早い行為だったからだ。


幸い、魔族はどの種族も長命で、十年程だったなら瞬きをするような速さで流れてしまう。
だから何の問題も無かった。
有ったとしたら妻を溺愛して止まないギドだけだっただろう。
けれど流石にセレフィナが傷を治し終えるまでは待つという事が出来るくらいには、ギドの理性は働いたようだ。


目覚めてからセレフィナは、流石に百年くらいは趣味の放浪をする事もなく。
ギドに乞われるままに2人で過ごして居たけれど――


「シルフィ?どうしたの?」

「……ああ、申し訳ありませんわ。少しだけ昔を思い出していましたの」

「出来れば二人で居るときは、僕の事だけを考えていて欲しいんだけどな」

「まあ。ヤキモチですか?」

「そうだよ。僕は君と種族どころかそもそも生まれた世界も違う。だから僕が知らない世界を知っている彼らには嫉妬するよ」


困ったように眉を寄せるジルに、ふふ。と笑いが零れる。


大切な大切な、人間の旦那様。
わたくしの為に人間をやめてしまった愛しいジルバード。


当に冷めたティーカップをテーブルに置くと、わたくしはジルの肩に凭れ掛かるように寄り添う。


「ジル、わたくしの種族はどの魔物よりも愛情深いと、昔に言いましたでしょう?」

「うん。命尽きるまで側に居て、離れるなんて有り得ないんだよね?」

「ええ。それだけの覚悟と愛で、わたくし達の種族は婚儀を行います。だからジル、わたくしは貴方と結ばれた時から他に目など行くことなどないのです」


一概に、これから先も貴方だけしか愛せない。だから嫉妬など無意味なことなのだと告げる。
ジルはぱちぱちと数度瞬きをすると、綻ぶようにタレ目の眦を下げて笑った。


「ありがとう」


その表情に、言葉に胸を高鳴らせる。
何百と歳月を経ても、きっと慣れることはこの先もないだろう。
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