金と灰の右目

「……手間を掛けさせた」

「いいえ。――あの子が大切ならばいっそ、鎖にでも繋いでしまえば良いですのに」

「ふん。本気で言っているのか?」

「さあ?どうでしょうかねぇ」


シルフィのいう鎖が物理的なモノか魔力としてのモノか、はたまた精神的なモノか定かではないが。
そのどれをもってしてもセレフィナを捕らえる事は不可能だろう。


セレフィナは酷い放浪癖を持っていて尚、最強の魔女だと魔界全土で名を広めている。
その魔力の量も質もそれを扱う技術も。魔物や魔術師が束になっても敵わないだろう。
それだけの力を持っている魔女相手に、どんな枷も意味を為す訳がない。


精神的なモノにしてもだ。
何者にも縛られない自由な姿を捕えようだなんて、そんな考えは持ち合わせてすらいない。
セレフィナは自由であるからこそセレフィナといえるのだから。


案の定、首を横に振り否定の言葉を紡いだシルフィは「けれど」と続けた。


「セレフィナはギドに捕われるのなら喜んで囚われて居ると思いますわよ」

「そうか」

「ええ。だってあの子は貴方を本当に大切に思っていますもの。――魂の半分を与えてしまえるくらいには」


シルフィの言葉に口端をゆるりと上げる。
左目がチリリと焼けるように疼いた。


「セレフィナは何時帰ってこれると?」

「あと二年といった所だとこの前言われましたわ」

「分かった。礼を言う」

「……まあ。ギドにお礼を言われる日が来るだなんて、努々思いも致しませんでしたわ」

「俺だって世話になったら礼くらい言う。連絡を取っているなら伝えておけ、『拒絶だけはするな』と」

「ええ。連絡を取らないと嫉妬深い旦那様が迎えに行ってしまいますよ?と伝えておきましょう」


シルフィの言葉にニヤリ笑って。
「邪魔をした。また何かあったら来る」と言うだけ言って。返事を聞く前に瞼を閉じて、用の無くなった屋敷を後にした。


「本当に、不器用ですわね」


帰り際、シルフィのそんな言葉が聞こえた気がして、「不器用なのはお互い様だろう?」そう口を付いて出そうになったモノを結局口には出さずに気のせいだと振り切った。



■□■



瞼を開ければそこは己と妻が住む屋敷で。ふかふかとした気に入りのソファーの上。
今まで目の痛くなるような色彩の場に居たせいか暫く目を瞑って軽い目の疲れを癒す。


元来自分は気が長い方だ。
種族的なモノでもあるが、それを差し引いても気は長い。
だから放浪癖なんて厄介なものを持った女と婚姻を結べたと思っている。


だがしかし。
愛しい妻から散々無視をされた挙げ句、妻は今他の男と居る。
しかも100年は癒えなかった傷を付けた男と、だ。
考えただけで腸が煮えくり返りそうなほどの嫉妬と憎悪で気持ちが悪くなる。


今すぐにでも連れ戻して自分達が住むこの屋敷に閉じ込めてしまおうか?
そうして自分の子を孕むまで犯してしまおうか?
そうすればいくら放浪癖があったとしても、無闇矢鱈に自分を放って何処かに行くことも無くなるだろう。


そんな仄暗い事を考えて、けれどそれだけに留める。
前にも言ったが、そんな所を含めてセレフィナを愛したのは自分で。
むしろセレフィナの放浪癖がピタリと止んだならば何があったと問い詰めるのは目に見えている。


矛盾した感情を嘲笑って。
ソッと自分の左目を瞼の上から撫で付けた。
本来の色は右と同じ金色のそれが妻と同じ灰色となって久しい。
互い違いの瞳の色は愛しい妻と交わした永久(とわ)の誓い。魂の半分を分かち合った何よりの証。
セレフィナの左の瞳にはギドの本来の色である金が煌めいている。
人間が言うところの結婚指輪のようなそれは魂の半分を分かち合った契約の証。
それが互いにあるからこそどこに居ても不満こそあれ、不安は無かった。
けれどこの3年は徹底的に避けられていたせいか、セレフィナを感じ取れるモノは交わした左目しかなくて。
いい加減に体温のあるセレフィナを抱き締めたくて仕様がない。


「早く帰ってこい」


呟いた声に空気が震える。


早く。早く。
さもないと。お前の意思なんて関係無く、迎えに行ってしまうぞ。


悪魔のような笑みを浮かべて。ペロリ、長い舌で唇を濡らした。
4/4ページ