それが間違った方法だとして

ジャリ、と小石の音を立てさせながらしゃがんで薔薇を切る彼女の背後に立つ。
けれど彼女は誰が居るのか分かっているからか、振り向く気配はない。
薔薇を摘む手を止めない彼女に声を掛ける。


「上手くいったみたいだな。お陰で俺は兄上から嫌われてしまったよ」

「そうですか。それは良かったですね?私はルーク様の本心が聞けて本当に嬉しいです」

「うっわ。自慢されるとかムカつく。てかそのわりに全然嬉しそうな気がしないんだけど」

「当然ですよ。私の笑顔はルーク様限定ですもの」


ふ、と唇の端を持ち上げたリアに溜め息すら出ない。
パチンと鋏が薔薇の茎を切る音が響く。


兄上は知らないみたいだけれど、リアと俺は実は昔からお互いの事を良く知っていた。
といっても色っぽい事は何にもない、強いて言えば友人というよりも悪友といえるような関係だったけれど。


明日国を経つ兄上に挨拶に向かおうとして、けれど先にリアに会っておくかと声を掛けたが、少しばかり後悔する。


顔は文句なしに綺麗。
第三王子なんてわりと本気でリアに惚れているみたいで、正式に兄上の正妻になった今だって諦めきれていないみたいだ。
俺から言わせれば、こいつに惚れる兄上や弟の気持ちが理解できない。というかしたくない。
それくらいこいつの本性は恐ろしい。


「で?思惑通り兄上から玉座を奪って満足か?」

「その言葉では御幣があります。第一、私からしてみれば何故ルーク様のような方を国王として据えようと出来るのか、私にはそちらの方が理解出来ません」

「……あっそ」


兄上には才能がある。
それは誰しもが認めている。
それに国を率いるだけの懐だって広く深い。
だからリアの一見するとただ兄上を貶しているだけのように聞こえる言葉に無意識に拳を作る。


本当に、ただ単に兄上を貶しているだけなら俺は即刻兄上に玉座を返すのに。
リアの話を聞いたって。
それに賛同したからって。
幼い頃から兄上の右腕として生きると夢見ていた俺にとって、今の状態はあまり宜しくない。

何がって。
尊敬して止まない兄上から自分から王位を奪った者として認識されて嫌われてしまっていることが。


リアが単に兄上を思った上での意見じゃなかったら、絶対に聞かなかったし反対だってしたというのに。
全く性質が悪い。


『あんなにも繊細な方が王になれば、即座に廃人になってしまわれるでしょう』


兄上が外交で居ない時。
そう父上と俺に言ってきたリア。
最初はその意味を理解できずに居たけれど。
父上はその意味が分かったのか、悩みながらも俺を王位に付かせる事を決めてしまった。


最近は俺も少しだが理解できる。
繊細だと言われればまるで兄上が重責に耐えられない者のように聞こえてしまうのだろうけど。
リアが言った言葉は寧ろその逆。


耐えられてしまえるから駄目なのだ。
誰かに頼ることすらせず、ただ自分1人で全てを抱えようとしてしまう。
それを強さとは呼ばない。
けれど兄上はそれを弱さとは認めないだろう。
そしてそのまま王としての正しい姿を貫こうとする。
そんな兄上は確かに尊敬出来たし、純粋に凄いとすら思っていたけれど。


『頼れるべき相手にすら頼れない。そんな者は王としての責務を果たすことが出来なくなるだろう』


父上の言葉は重味があった。
そして考える。
俺は一度だって兄上に頼られた事があっただろうかと。
結果、無かった。
たったの一度だって。


このままでは兄上がリアの言った通り廃人になってしまうと、あんなにも強く憧れた人のそんな姿は見たくないと。


俺は父上に従いリアの言葉に頷いた。


下手な猿芝居を打って迄兄上から玉座を奪い、その結果兄上には嫌われてしまったけれど。
そんなのは後でどうにでもなると思う。
この悪友は兄上の事が心底好きだから。
兄上が望めば俺や父上の関係を修復する為に動くんだろう。
全ては兄上を思っての行動なんだから。
それでもやっぱり、


「兄上が可哀想だな」
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