アンタの居ないこの世界に

あの日。王の放った言葉に、それまで和やかだった空気が霧散した。



『殺してくれ』



と。泣き笑いのような表情で。
今にも消えてしまうんじゃないかと言うような声で。
縋るようにアンタを見つめた王。
そしてその言葉をアンタは驚くでもなく、拒絶するわけでもなく。
ただ、静かに受け入れた。


『それが貴方の望みなら』


長い睫毛を伏せて、何の感情も読めない声で。
王から手渡された護身用の剣を受け取り、王の心臓を目掛けて一突き。


抵抗なんて微塵もないから、女の腕でも呆気ない程一瞬の出来事。
心臓に剣が突き刺さる間際に垣間見た王の顔は、これ迄に見た事がない様な喜びに満ち溢れていて。


俺は止めなければいけない立場でありながら、そのあまりの出来事に驚き過ぎて。
その全てが現実に思えなかった。


だからその時は分からなかった。
何故二人とも笑っているのか。
泣き笑いのように、それでも満足そうに。




現実に戻ったのは、王の返り血を浴びた彼女が兵士に見付かり幽閉された後。
何も語らない彼女から詳しく話を聞く為に面会者として会った時だった。
その時のアンタの顔は、人を、それも国王を本当にその手に掛けたのか疑いたくなるような笑みを浮かべていて。


その場所で聞いた真実に吐き気がした。
崩されない笑みに、痛々しさすら感じて。


これは全てタチの悪い夢なのではないのかと。
目が覚めたら王は生きていて。
またいつものような執務の間にノロケ話でも聞かされるのだと。
それに困ったように笑うアンタが淹れてくれたお茶を飲みながら、王が可笑しな独占欲を向けてくるのを笑ってやって。


そんな、在り来たりな。
在り来たりだった未来が、これから先も続くのだと思っていた。



彼女はその後、ただの一度も抵抗も弁明もしなかった。
俺に話した事以外を誰にも話す事なく今日この日まで過ごしてきた。


弁明をすれば、真実を話せば、恩赦が掛けられたかも知れないのに。
こんなにも酷い死に方をせずに済んだかも知れないのに。
目撃者は俺だけなのだから俺に全ての罪を被せてしまったなら良かったのに。


そう言って諭しても、アンタは一度たりとも頷かなかった。


『これは私の罪だから。それにそうなる事を望んでいるのでしょうね』


なあ。この事が例えアンタにとっての“復讐”なのかも知れないけど。
結局アンタは最期まで幸せになれないで終わりじゃないか。
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