アンタの居ないこの世界に

歓声が聞こえて、ハッと意識が戻る。

俺の今居る広場の中央。
そこには夫殺しの罪人として磔にされたアンタの姿。
石でもぶつけられたのか、額からは血が流れ出ている。
それを視界に納めれば、ギリッと唇を噛み切っていた。
口内に鉄の味が充満して思わず眉間に皺が寄る。

この苛立ちは、一体何に対してのものなのか。

アンタが殺される事に対してなのか。
それともそんなアンタを助けることが出来ない自分に対してなのか。


分からない。
気付きたくない。


――ああ。だけど。


もしもアンタが殺したのがこの国の王じゃなかったなら。
この国の人間が王を慕っていなかったなら。
アンタはもしかしたら死なないで済んだかも知れないのに。


そう思うと遣る瀬ない気持ちになった。
俺だって王を慕う一人の筈なのに。
どうしようもなく切なくて、遣る瀬ない。


彼女を見上げていると、兵士の一人が燃え盛る松明を片手に突き上げる。
民衆はそれを見て、ワッと声を上げた。


今時火炙り。
なんて惨い殺し方なんだろうな。
生きながらにして焼かれるだなんて。


(それを止めない俺は、此処に集まっている奴等以上に酷いんだろうけど)


アンタを磔にしている大木に火が灯れば民衆は歓声を張り上げた。
広場に集まっているのは王を慕っていた民衆が殆んどで。
それほど迄に王はこの国の民に愛されていたという証なのだと思うと胸を張りたいくらいには誇らしい。


――けれど。
此処に居る人間が真実を知ったなら、どうするのだろうなと思う自分も居る。


王と仲睦まじいとされた妃が王を殺す暴挙に出た、本当の理由を。


「アンタらはさ、本当に自分勝手だよな」


ポツリと口から零れ落ちた言葉。
それを向けたい相手には、もう届かない。



国王夫妻は傍目から見れば誰もが羨むような夫婦だった。
平民だった女を妃に迎え入れ、その妃以外を妻に迎える事もせず。
ただ一途に誰の目も憚らず妃だけを愛していたその王が。



妃を愛しすぎて狂ってしまっていたなんて。



一体、誰が信じてくれるんだろうな?



お前らが憎しみを込めて見つめる先に居る、その妃が。
王に乞われて王を殺しただなんて。
考えなくてもきっと、それを信じる事が出来るのは目撃者である俺だけなのだろうけれど。
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