願うだけでは足りないけれど

「神様!また仕事を放って魔界に行っていましたね?」

「別に仕事は今してるからいいでしょー?」


全く。折角マァちゃんとの思い出を回想していたのに。
可愛らしい顔を怒りに染めて腰に手を当てて怒る彼にそう言えば、俺の言葉に更に顔を怒りで染める。


「良くありません!魔界ですよ、ま・か・い!負の集まる国、魔界!!私はともかく、清らかなる天使達が貴方から漂う薄汚い魔力で昏倒寸前です!」


側近の言葉に眉を一瞬しかめる。
確かに天界は魔界と違って清らかな神力で充ちているから、天使にとって穢れの象徴である魔力とは相性が非常に悪い。
そこそこ格のある側近と違って、力の弱い天使には卒倒ものなのかも知れない。
けれど、


(薄汚いって、そんな言い方もないんじゃないかなぁ)


側近の魔物嫌いは今に始まった事ではないけれど。
側近は俺の態度なんて何のそのと言葉を続ける。


「神様が彼方のどなた様にホの字で有ろうと構いませんが、」

「ホの字って古くなぁい?」

「話の腰を折らないで下さい」


言葉のチョイスに突っ込めば怒られた。
てか俺が誰に惚れてるのか知ってたんだねぇ、驚き。
ならもうちょっと寛大になってくれてもいいのになー。


そう思って、実際に口にしようとも思った。
けれど次に放たれた彼の言葉が、その声を消し去った。


「貴方は神なのだと自覚して下さい。今は魔界と平和協定を結んでいます。ですがいつ血の気の多い奴等が戦争を起こすか分かりません。お願いですから貴方の立場を改めてお考えになられて下さい」


そう言って彼に、『神の補佐官』に頭を下げられてしまったら。
俺にはどうしようも出来ないし、何も言えない。


俺が好きなのは魔王である彼女。
だけど俺が守らなければいけないのは彼女ではなく天界の住人達。


平和協定なんて本当は異例中の異例で。
天界の住人にしてみれば表面上でしかない。
それは魔界の住人にしても同じで。


分かっていたことだけど。
気付かないようにしていた。


もし今。魔族と戦争にでもなれば俺は否応無くマァちゃんと殺り合わなくてはいけなくて。
場合によっては殺さなければいけなくて。


それは本当に避けたい。

誰が好き好んで大切に思う子をこの手で殺めたいだなんて思うか。


――それでも。いつか必ず表面上には成り立っている平和協定は破られ、戦争の火種は着いてしまうのだろう。


天界の住人は魔族を毛嫌いしていて、魔族はそんな天界の住人を嫌悪しているのだから。


この魂に焼き付いたモノは、何度転生したとしても消え失せる事はないのだろう。



――だけどやっぱりさ。


(好きな子を傷付ける未来なんて見たくないって、思うんだよ)


種族とか立場とか。
どうして考えなくてはいけないのか。
きっとそれは俺が言っちゃいけない事なんだろうけど。


好きな子に堂々と会えないのは辛いし、触れ合うだけで傷付け合わなくてはいけない関係は苦しい。
いつか傷付けなくてはいけない未来が怖い。
それでも会う事も触れ合う事も止められないし、止める気なんて更々ない。


それが傷付ける未来に繋がっていたとしても、だ。
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