願うだけでは足りないけれど

「マァちゃん、可愛かったなぁ」


良い加減鬱陶しいとマァちゃんに私室から追い出されて渋々天界に帰って来たけれど。
天界の執務室で仕事をしていても、マァちゃんの可愛さについついニヤケて仕事が捗らない。


(ああ、早くマァちゃんの名前呼びたいなぁ)


でも怒るんだよねぇ。
あんなに可愛い名前なのに。


「魔王に可愛らしさは要らん!」


とか言って。
まあそれも可愛いんだけど。


「あーあ。なんで俺、神様なんだろうなぁ」


ぼやいたって神で無くなる訳ではないのだけれど。


天界の最高位である俺と。
魔界の最高位である魔王。
その出逢いは特に特筆するような事ではなくて。
ただ単に暇を持て余していた時にたまたま新しい魔王が即位したと聞き、面白半分冷やかし半分で見に行ったら出逢ったというだけ。

夜を思わせるような肩までの黒髪に月の様な金色の縦長に割れた瞳孔を持つ瞳。尖った耳には血のような紅い雫の耳飾り。
外見や纏う魔力の強大さは明らかに危険因子レベルだったのに。
その凛とした佇まいや空気はとても魔族とは思えない程に綺麗で。
全てを見透すと言われている俺を真っ直ぐと、天界に住むどの天使よりも澄んだ瞳で捉えて


――囚われた。


そう感じた次の瞬間には興味を失ったように視線は外されていた。

視線が逸らされたその瞬間、酷く胸が痛んだ。
ジクジクと蝕むように巣食った痛みは彼女凄く苦しくて。
誰にもそんな感情を抱いた事はなく。
全てが上辺だけで、誰かに感情を向けた事すら無かったから。

酷く戸惑った。

けれどそんな事よりも。
彼女に『俺』という存在を認識して欲しいという欲の方が強くて。
改めて『神』として『魔王』に対峙した時に胸を蝕む痛みの理由に確信を得た。


それはきっと誰でもが持っているような在り来たり過ぎる感情だった。
そしてそれを生まれて初めて向けた相手が敵対者だったというだけ。


ロマン溢れる事だと他人事なら思えただろう。
けれど当事者になってみれば、触れ合う事すら用意にはいかないこの関係にもどかしさが募るばかり。


けれど認識してしまえば。
もう触れ合う事が出来ない程度で諦められるような感情では無くなっていた。


俺はきちんとこの気持ちの名前に確信を持った時、魔王について色々と調べた。
興味もなくて知らなかったけれど、魔王がいつだって勇者とか呼ばれる人間達の討伐対象にされてしまうらしい。
それはそうだろう。
非力な人間にとって自分達を脅かす魔物の長ともなれば居なくなってくれた方が嬉しいと思うものだ。
人間はそういう生き物だ。
けれどそんな非力な人間にマァちゃんが負ける訳がない。
そう思っていたのに。
調べれば調べる程、何故か歴代の魔王は勇者に敗れていた。

それを知ってまず始めに、人間達への牽制を兼ねた魔族との平和交渉を行う事にした。
魔王城に乗り込んみ喚く彼女から無理矢理サインをゲットして。
人間に自分達が争わない間は魔族に対しての一方的な迫害を禁じた。


そうして少しずつ。
彼女の中で認識されるように尽力し続けて数百年。


俺と彼女の関係は、未だ神と魔王でしかない。
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