ようやく君を手に入れた

ずっと願っていた事があった。
腕を伸ばす勇気もない癖にどうしたって諦めきれなくて。
どれだけ叶わない夢だと言われても、欲しくて欲しくて堪らなかったんだ。



「国を乱し、民を混乱に陥らせた罪は遥かに高い。――愚かなる我が王よ。その身を持って償いを受けよ」


細身の剣を玉座に座る私に向けてそう言ったのは、確かに私と血の繋がった弟で。
その瞳に宿るのは、愚かな迄に真っ直ぐな正義心。

臣民の為に尽くすは王族の義務だとそう言って憚ったことはない弟を慕う人間は多く、私とは違う人間なのだと良く思ったものだ。


「……国の為、か」


私も王位に付いたばかりの頃は確かにそう思っていたよ。
国の為ならば死ぬのも厭わないと。

けれどやはり駄目なんだ。
どれだけ身を粉にして国に、民に尽くしても。
誰一人として私を認める者は居てはくれない。
『国王』が優れているのは当たり前?
ああ、確かにそうだろう。
お前のやり方では優秀な王しか残らないのだろうな。
愚かな王は直ぐに排除されてしまうのだから。


今の私のように。


「兄上。投降なされよ」


切っ先を向けたままの弟に笑いたくなった。
投降?
民の前で使えぬ王を断罪するするつもりか?


――お前は私に晒し者になりながら死ねと言うのかい?


馬鹿げていると思った。
私の弟は、正義感ばかりが強いだけのただの馬鹿者だ。
私が求めているのはそんな安息的なモノではないのだよ?
恥など幾らでも晒してやっても構わないけれど、それで臣民は納得するのかい?


「あの姫に何を吹き込まれたか知らないけれど、随分と我が弟は阿呆な思考を持つようになったね。彼女が居なくなってから、特にそうだ」

「なっ!我が妃はアレよりもずっと正しいと、兄上には分からないのですか!?」


顔を赤くして激昂した弟にやれやれと肩を竦める。
彼女が居た頃のお前なら私の考えくらい如何様にも分かっただろうに。
いつの間にそんなにも愚鈍になっているんだい?
それにだ。


「彼女を『アレ』呼ばわりするのは気に食わないね」


お前はあんなにも彼女を求め、欲していたと言うのに。
彼女を側に置く為に常に尽力を惜しまなかった今のお前が同じ男とは思えないよ。
新たに迎えた欲深な女に惑わされ、あんなにも才有る彼女のことをそんな風にしか思えないのか。

ああ、やはり愚かなのはお前の方だね。


(……だがまあ良いか)


正しさなど。
美しさなど。
それが如何に綺麗事なのか、お前が王位についた時に分かることだろう。
せいぜい新たなる妃となったあの姫と共に苦しむが良いさ。


「下卑た心を持った姫を迎えてから、お前はとんと阿呆な男に成り下がっていくね」

「っ、我が妻を愚弄するのは例え兄上であったとしても許すことは出来ません!恩赦は無しです。今此処で貴方を断罪します!」


全身で怒りを顕にしている弟の言葉に、クスリと笑みが零れた。


あの女の何処にお前が惚れたのか、審美眼を疑うね。
瞼の裏に浮かんだ、貪欲なまでに権力に目が眩んだ女の姿。
あの姫の語る正義や正しさは、確かに美しい。
理想論と云うべきか。
つまりは綺麗事過ぎるんだ。
あの姫は本当の意味での正しさを知らない。
それを知っていた彼女は決してあの姫の様なことを言わなかっただろう?


ああ、それが目新しく感じたのかい?
もしそうならば、本当に愚かだよ。


私の知っている才君と呼ばれたお前なら恩赦なんて言葉すら口にする事はなかっただろうに。
もしお前が私の知っている男なら、私を見て一言を述べた後にその首を跳ねていただろう。
見苦しい姿を晒させないように。
お前は私と違って優しいからね。


だから彼女もお前を選んだのだろう。
どれだけ望んでも、私の手には収まってくれなかったのがその証拠だ。


なあ?と瞳だけで問い掛ける。


「お前は何も気付けないのかい?」


だとしたら私は心から、お前を憐れむよ。


「――裁きを」


呟いた言葉は、お前には届かなかったようだ。
弟は私の首を跳ね落とそうと剣を振り上げた。


願ったモノは結局最期まで手に入りそうにないけれど。
こんな終わりも悪くは無いのかも知れないと、思わない訳ではない。
けれど切っ先が触れる直前、視界の端で動いた影に私は小さく微笑んだ。



「ダメですよ?」



君は本当に優しいね?
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