旅立ちは明後日

高校を卒業するという事は、この後輩の姿を。
『先輩』と温かく呼ぶ声を。
簡単には感じられなくなるという事か。


勿論電話やメールだって出来るし、両方の親には挨拶済みだから会いに行く事だって可能だ。
だけど今までみたいに偶然移動教室ですれ違う事も、待ち合わせて昼食を一緒に取る事も、無くなってしまうのか。


それはちょっと


――かなしい、のかな?


「ごめんなさい」
「……イイっすよ。先輩に悪気があった訳じゃないって分かってますし。今更留年してだなんて頼めないですし」
「留年は流石に無理だけれど、あの。私かなり無神経な事を言っていた、かな?と」
「今でさえ大変なのに先輩に鋭くなられたら困るんで今のままで居てください。さっきのは単なる俺の我が儘っすから」


それに、


「俺は先輩のどんな言葉も伝わりますし、今の先輩を充分愛しちゃってますから」
「あ、っ」
「? 愛しちゃってますよ。先輩」


茶化す訳でもなく、ただ当然のように言われたから照れる。
顔に集まった熱が中々散ってくれない。
そんな私の様子にニヤニヤしている後輩に、話を変えようと口を開く。


「ど、して鋭いと困るわけ?」
「そんなの決まってますよ。害虫が付く可能性があるからです」


害虫?と首を傾げたけれど、先輩は気にしなくてイイッスよと頭を撫でられてしまったからそれどころではなくて。
触れられた箇所が熱くて。


そうか。こんなに簡単に触れ合うことも出来なくなるのか。
また一つ、変化するという事の意味を感じた。


「まあ、先輩には俺という恋人が居るわけですし?寂しくなったら会いに行きますし?電話だって毎日しますから全然いいんですけど」
「え、ちょっと待って」
「なんすか?」
「電話、毎日?」
「しますよ。だってそうしないと俺、先輩欠乏症で死んじゃいますもん」


人間がそのくらいで死ぬわけないじゃない。
そうは思うけれど。
嬉しさからか反論出来ない。
それにこの後輩なら本当に死に兼ねないと思わないでもない。
それくらい溺愛されていると、自惚れではなく感じている。


「あ、寂しくなったら大学に行けばいいのか。そうしたら先輩に会える上に先輩に群がる虫を追い払えるし、一石二鳥っすね!」


……溺愛されては居るんだよ。
ついでに凄く嫉妬深いのも知ってはいるんだよ。
だからその言葉は聞かなかった事にした。


私だってね?
気付いてしまったら、寂しいとは感じるし。


でも、言わない。
言わない変わりに、床に手を付ける後輩の袖をギュッと握る。
後輩は何も言わないで私の手を取って絡めてきた。


会えなくなる訳じゃない。
高校を卒業する。たったそれだけ。
だけど、どうしてこんなにも切なくなるのかな?


明後日には見納めになる校舎。
制服を来てキミと抱き合うのは明後日まで。


たったそれだけのことなのにね?


「先輩、浮気したら許しませんよ?」
「それは私のセリフだよ?可愛い一年生を『新しい彼女です』なんて言われて紹介されたら怒るよ」
「先輩以外に興味が無いんで。そこんとこは大丈夫っす」
「……キミは目が悪いみたいだね」
「真っ赤な顔で言われてもペロッと食べたくなっちゃうだけで効果ないですよ?せーんぱい」


二カリと笑った後輩に、もうダメだと顔を覆った。
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