君の笑顔を思い出せない

「……は?」


今言われた言葉を脳が処理出来ずに、随分と間抜けな声を出してしまった。
でも、君は今なんて言った?


「だから、別れて欲しいの」
「なんでっ!?」


なんで、そんな話になるの!?
意味が分からずそのまま思った言葉を叫べば、君は困ったように眉を下げた。


「なんでって……。それ本気で言ってるの?」


いつも真っ直ぐと俺を見る視線は、俺じゃない場所をさ迷い。
伺うようにそう言った。


本気で分からないわけじゃない。
でも、だからって。アレはっ!


「君がいつも素っ気ないから!だからっ」


責任転嫁もいい所だ。
彼女も眉を潜めて、今度はハッキリとその言葉を口にした。


「……平然と浮気をするような人と、私はもうこれ以上付き合ったりは出来ません」


それに、


「それに貴方はああいう子の方が好みなのでしょう?私みたいな地味で冴えない女より、ずっと、お似合いだと思います」
「……何それ」


待ってよ。
なんでそんな事勝手に決めるの?
俺に似合う女なんて君以外に居るわけないじゃんっ。


グツグツと頭が煮えたように熱くなって、憤りやら怒りやらで今にも怒鳴りたくなった。
彼女が別れたいと言っている原因は俺の浮気のような行動なのだと。
頭の冷静な部分は言っているのに。


「俺は別れたくない!」
「それは勝手だと思います」
「勝手って、だって俺は君が好きで」
「やめてください!」


はじめて彼女が声を荒げる姿を見た。
ふるふると身体を震わせて守るように自分を抱き締める君はどこか怯えているようにも思えた。


「やめて、……他の人に言った言葉なんて、言わないで」


引きつったような掠れた声は、徐々に涙に濡れていく。


「あ、なたにとっては、ただの気紛れでもっ。わ、私は、本気であなたが……、す、すきだったんですっ」


だから、嘘の好きなんて言わないでください。
これ以上、私をからかわないで下さい……!


今にも崩れてしまいそうな、そんな弱々しい姿で泣く彼女は。
俺と一度だけ視線を合わせると、涙でぐちゃぐちゃな顔で言ったのだ。


「別れて、ください…」


懇願のような、けれど彼女からの決別。
彼女はそれだけ言うとバタバタと走り去って行ってしまった。
早く追わなければ手遅れになってしまう。
そう分かっているのに、追えなかった。
足が震えて一歩が踏み出せない。


「……なずなちゃん」


ようやく出た言葉は彼女の名前で。
その名前すら久しく呼んでいない事に今更気付いた。
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