ご主人と吸血鬼

「ご主人~今日のご飯は何が良いですか~?」

「あー……鍋食いたい」

「りょーかいです!頑張っちゃいますね!」

ご主人の言葉に嬉々としてエプロンを装着すると早速キッチンに立つ。
お鍋かぁ。何作ろうかなぁ。トマト鍋はこの前作ったしなぁ。
何を作ろうか冷蔵庫の中身を見ながら考える。
あ、豆乳がある。よし。豆乳鍋にしよう。

献立が決まれば後は早い。
ご主人が元々暮らしていて唐突に上がり込んだような私がこのキッチンに立つのも、もう何回目だろう?
それくらいご主人の為に料理を作ることに慣れてしまった。
慣れたということは『当たり前』になったということだ。
その事実が、何だか嬉しい。

「楽しそうだな」

「はい?」

「お前の周り、花舞ってるように見える」

「花、ですか?ふふ、ご主人がそんなこと言うなんて珍しいですね」

「そうか。で?料理してるだけなのに、何か楽しいことでもあったのか?」

「んー。そうですね。強いて言うなら、ご主人に私が作った料理を食べて貰えるのが嬉しいのですよぉ」

「何だそれ。相変わらず変なヤツ」

仕事の書類に目を通していたご主人が不意に優しく笑う。
顔の造りは涼しげで、冷たい印象を抱かれることが多いけれど、ご主人はとっても優しくて暖かな人だ。

「直ぐに出来ますから、もうちょっとだけ待っててくださいねー」

「ああ」

返事と共に書類に視線を戻したご主人。
私もキッチンに向き直る。
時折言葉を交わしながら今日の夕食を作った。


ご主人には美味しいモノを食べて欲しい。
そうすれば、凄く凄く――美味しくなるから。


「御馳走様でした」

「お粗末様でした~」

作った料理を食べ終えたご主人がお腹を軽く擦る。
その仕草も可愛いなぁ、と思いながら後片付けをしてしまう。

「ご主人お風呂入りますか?」

「あー、……そうだな」

何かを思案するかのような間を設けた後に頷くご主人。

「じゃあ入っちゃってください。もう入れますからー」

「分かった」

立ち上がったご主人は浴室に向かったようだ。
ご主人がシャワーを浴びている間に着替えを置いておかなくちゃ。
その前に食器を片付けてしまおう。

「よしっ」

腕まくりをして、食器を片付けた。


お風呂から上がったご主人はほかほかと暖かそうな空気を纏いながらソファーに座った。
ご飯もお風呂も片付けも済ませた。
私はご主人の横にちょこんと座る。

「――じゃあ、次は私の番ですね」

「はいはい。お好きにどうぞ?」

ご主人は腕を広げて私を受け入れる。
私はその腕の中に収まり、背中に腕を回すと首筋に顔を埋めた。

「――いただきます」

んぁ、と口を開け、そのままご主人の首筋に牙を突き立てた。

「……っ」

ご主人が微かに呻き声を上げる。
けれど私はそれを気にする余裕もなくご主人の首筋に埋めた牙からご主人の血をちゅうちゅうと吸い上げる。
喉を鳴らしながら飲み込むご主人の血は、何よりも誰よりも美味しくて、代えなんときっと何処を探してもないだろう。
それくらい、喉を通り過ぎていくご主人の血は甘美で濃厚で中毒になってしまうような味。


私達が他の夫婦と違うところ。
それは私が吸血鬼で、夫であるご主人がその獲物であるということ。


「っも、いいだろ」

「ふぁ、い。……ん、美味しかったです。ご主人。御馳走様でした」

「どー致しまして」

はあ、と息を上げるご主人に抱き付きながらお礼を言えば頭を撫でられた。

体温が高い。呼吸も荒い。
いつもより心臓が脈打っている。
そんなご主人の様子に、私はご主人に擦り寄りながら甘えた声を出した。

「ご主人、えっちしましょうか?」

「お前な……」

「ふふ、ご主人もシたいでしょう?ね?シましょう?」

「今日は偉く乗り気だな」

「そういう気分なんです」

「あっそ」

その言葉を合図に、ご主人は私の口に噛み付いた。


これが私とご主人のいつからかの日常。
ずっと続けば良いと思っていた。
ずっと続くものなのだと思っていた。
何処かで叶わないことを知っていながら。
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