ご主人と吸血鬼
ご主人をどれほど愛したところで、あの日愛した人間が還ってくることはないのは分かっていた。
あの人間と過ごした日々よりも多く、ご主人と過ごした。
わたしは結局、ご主人を愛してしまったのだ。
それは分かっていたことだった。そうでなければこんなことにはなっていないのだから、当然だろう。
「ご主人……」
はぁ、と熱っぽい息を吐く。甘ったるい感情からくるものではなく、単純な発熱である。
体温の低い吸血鬼にとったら熱は大敵。殆ど引くことはないその熱を、引いた。
きっとわたしの終わりは近いのだろう。
ご主人を求めて死ねるのならば、いいのかも知れない。
ご主人の魂があの人間のものである今、あの人の元に逝くことは出来ないけれども。
独りは寂しいと心が叫ぶ。何百年も待って会えた人間。ご主人とも、最初はこんなことになるなんて思ってもみなかったのだ。
だって血液さえもらえたなら、それだけで良かったから。
そのつもりだったから。
「ホント、昔からわたしは馬鹿ですねぇ……」
守りたかった相手も守れず。今だってきちんと愛された分を返せないでいる。
中途半端なのだろう。存在も、想いも。
でも、どうしたって捨てきれない。
あの人間を思った年月だけ、ご主人に愛されていたとしても。
嗚呼、それでも――
「……ご主人」
ぽつりと呟いたのは、大好きな旦那様。その瞬間、ぼろぼろと涙が零れて止まらなくなっていく。
眦から零れ落ちていく涙がどこに還っていくのだろう。そんなことを思いながら涙を流す。実際は枕に染みを作り続けるだけなのだが。そんな現実なんて要らない。
今どうしたって欲しいのはご主人だ。ご主人だけなのだ。今、何よりも誰よりも欲しい人は。
「ご主人……っ」
欲しい。欲しい。あの人が。あの人の血が――欲しい。
ゴクリ、と喉が鳴る。
嚥下した唾じゃなく、あの甘美な味が欲しい。
もうそれ以外、考えられない。
ただ、ただ。
この乾いた牙は、極上の血が欲しくて欲しくて堪らないと訴える。
ふらりと身体を起こす。熱に魘されている身体とは思えない程、身体は軽い。
あまりに軽いせいで、今なら幾らでも飛んで行ってしまえそうだと思った。
「……っ、吸血鬼!?」
香る、甘い匂い。
そこには獲物が首を晒して待っていた。
「お前、高熱が出たって、あの執事が言って……」
おい、本当にどうした?
そんなことを聞かれたけれども、酷い飢餓感が襲ってきてまともに頭が回らない。
今がどこで、何をしているのか、もうまともに分からない。
ただ、目の前の獲物の首を、この乾いた牙で突き破って、その中に流れている赤い宝石を吸いたくて吸いたくて仕方がない。
そんな衝動に任せたままに、その獲物を引き倒す。
「吸血鬼! おい! やめろ! 落ち着けって!」
言葉は要らない。その首に食らい付けば終わり。
にっこりと獲物を安心される為に微笑んだ。
「……吸血鬼?」
ゆっくりと顔を首に近付ける。匂いを嗅ぐように鼻を鳴らせば、身動ぎするからそれすらも愛おしい。
その首を味見するように舐めれば、びくりと獲物は身体を震わせた。
「イタダキマス」
あれ? この言葉、誰に教わったんだっけ?
まあ、いっか。だってわたしは今、空腹で仕方がないのだもの。
お腹が空いたら人間の血を吸うしかわたし達吸血鬼は生きていけない。
だから、これは仕方がないの。
でも、なんでだろう?
それをしたらとっても後悔する気がする。
「……いい、吸血鬼」
「?」
「我慢しなくて、いい」
当たり前のことを言われた。
でも、なんで? なんで、その言葉を聞いた瞬間、とっても胸が痛くなったの?
分からない。分かってしまえば、きっと。それも後悔する気がした。
でも、あれ? なんで。なんでわたし……。
「……吸血鬼?」
ぽろ、ぽろ、と涙が両のまなこから落ちていく。
どうして、どうしてわたしは――
「ご主人……っ!」
わたしは、やっぱり。
どうしたって化け物なんだ。
あの人間と過ごした日々よりも多く、ご主人と過ごした。
わたしは結局、ご主人を愛してしまったのだ。
それは分かっていたことだった。そうでなければこんなことにはなっていないのだから、当然だろう。
「ご主人……」
はぁ、と熱っぽい息を吐く。甘ったるい感情からくるものではなく、単純な発熱である。
体温の低い吸血鬼にとったら熱は大敵。殆ど引くことはないその熱を、引いた。
きっとわたしの終わりは近いのだろう。
ご主人を求めて死ねるのならば、いいのかも知れない。
ご主人の魂があの人間のものである今、あの人の元に逝くことは出来ないけれども。
独りは寂しいと心が叫ぶ。何百年も待って会えた人間。ご主人とも、最初はこんなことになるなんて思ってもみなかったのだ。
だって血液さえもらえたなら、それだけで良かったから。
そのつもりだったから。
「ホント、昔からわたしは馬鹿ですねぇ……」
守りたかった相手も守れず。今だってきちんと愛された分を返せないでいる。
中途半端なのだろう。存在も、想いも。
でも、どうしたって捨てきれない。
あの人間を思った年月だけ、ご主人に愛されていたとしても。
嗚呼、それでも――
「……ご主人」
ぽつりと呟いたのは、大好きな旦那様。その瞬間、ぼろぼろと涙が零れて止まらなくなっていく。
眦から零れ落ちていく涙がどこに還っていくのだろう。そんなことを思いながら涙を流す。実際は枕に染みを作り続けるだけなのだが。そんな現実なんて要らない。
今どうしたって欲しいのはご主人だ。ご主人だけなのだ。今、何よりも誰よりも欲しい人は。
「ご主人……っ」
欲しい。欲しい。あの人が。あの人の血が――欲しい。
ゴクリ、と喉が鳴る。
嚥下した唾じゃなく、あの甘美な味が欲しい。
もうそれ以外、考えられない。
ただ、ただ。
この乾いた牙は、極上の血が欲しくて欲しくて堪らないと訴える。
ふらりと身体を起こす。熱に魘されている身体とは思えない程、身体は軽い。
あまりに軽いせいで、今なら幾らでも飛んで行ってしまえそうだと思った。
「……っ、吸血鬼!?」
香る、甘い匂い。
そこには獲物が首を晒して待っていた。
「お前、高熱が出たって、あの執事が言って……」
おい、本当にどうした?
そんなことを聞かれたけれども、酷い飢餓感が襲ってきてまともに頭が回らない。
今がどこで、何をしているのか、もうまともに分からない。
ただ、目の前の獲物の首を、この乾いた牙で突き破って、その中に流れている赤い宝石を吸いたくて吸いたくて仕方がない。
そんな衝動に任せたままに、その獲物を引き倒す。
「吸血鬼! おい! やめろ! 落ち着けって!」
言葉は要らない。その首に食らい付けば終わり。
にっこりと獲物を安心される為に微笑んだ。
「……吸血鬼?」
ゆっくりと顔を首に近付ける。匂いを嗅ぐように鼻を鳴らせば、身動ぎするからそれすらも愛おしい。
その首を味見するように舐めれば、びくりと獲物は身体を震わせた。
「イタダキマス」
あれ? この言葉、誰に教わったんだっけ?
まあ、いっか。だってわたしは今、空腹で仕方がないのだもの。
お腹が空いたら人間の血を吸うしかわたし達吸血鬼は生きていけない。
だから、これは仕方がないの。
でも、なんでだろう?
それをしたらとっても後悔する気がする。
「……いい、吸血鬼」
「?」
「我慢しなくて、いい」
当たり前のことを言われた。
でも、なんで? なんで、その言葉を聞いた瞬間、とっても胸が痛くなったの?
分からない。分かってしまえば、きっと。それも後悔する気がした。
でも、あれ? なんで。なんでわたし……。
「……吸血鬼?」
ぽろ、ぽろ、と涙が両のまなこから落ちていく。
どうして、どうしてわたしは――
「ご主人……っ!」
わたしは、やっぱり。
どうしたって化け物なんだ。
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