ご主人と吸血鬼

わたしはただ、人間のご主人とハッピーエンドを歩みたかっただけだった。
だけどね?
これがご主人と紡ぐ運命の終わりならば、わたしはそれもいいかな?って思ってしまう。
ご主人の尊い命を、人間としての生を失うくらいなら。
わたしは吸血鬼としての誇りを抱いたまま灰になった方がマシ。
そう思って、アデルの不味い血を飲み続けていた。
決して褒められることではないと分かっていた。
けれども伴侶ひとりに負担をかけるのはいけないことだと、そう言い訳をし続けた。


その結果が、ご主人との別れならば。
わたしは一体、なんの為に我慢したのだろうか?
わたしは一体、どうして『あの時』ご主人の血に己の血を混ぜなかったのだろうか?


分かっている。
わたしはご主人が大好きで、ご主人だけを想って、――あの男の魂を求めて何百年と生きてきた。
あの男の魂が、ご主人の中にあると分かった時。


わたし、本当は運命を呪ったの。


二度も失うのかと。呪ったの。


数百年、わたしの中に在ったあの男は吸血鬼として生まれることを拒み、人間として生まれることを願ったのだと思った。
ならば人間として死ぬことがきっとあの男の幸せなのだとも思った。

今の身体も、魂も。すべてご主人のものだと分かっていた筈なのに。
あの男はわたしの腕の中で死んだのだから、当然なのに。
わたしの中で、あの男はずっと生きていたから。


この呪いのような感情を愛だなんて言葉ひとつで片付けたくはない。
けれども言葉にするならば、愛でしかないのだろう。


「アデル、わたしは何かを間違えたのでしょうか……」

ご主人はわたしを拒絶した。
アデルとの不貞を疑われたのだから、わたしはアデルに訊くべきではないのに。
それでもアデルに訊くしか出来なかった。

「お嬢様は何も間違えてはいませんよ」
「……お前はいつも、わたしを肯定してばかりね」

アデルは決してわたしを否定しない。
それは執事として主人に仕える彼の唯一とも言える欠点だろう。
アデル、私はお前に否定して欲しかったのかも知れないわ。
だってわたし、アデルにすら否定されたらどこにも居場所はなくなってしまうから。
ご主人に否定された瞬間に、わたしの生も終わっているのだけれども。

もはやわたしの生命を繋げられるのはご主人の血液のみ。
けれども今度彼の首筋に牙を立てた瞬間、わたしはご主人の血を飲み干してしまうことだろう。
それは避けたい。わたしはご主人を殺したいわけではないし、また失うくらいならわたしが死んだ方がマシだ。
この身を太陽に投げ出して、灰になっても構わない。
ただこれ以上、ご主人に嫌われたくはなかった。
そんな自己中心的な思いのままではそれこそご主人に嫌われてしまうと分かっていても。


わたしはご主人が好きだから。


あの男のことも好きだ。
だけれども、ご主人と出逢って、ご主人のことをもっと知りたいと、そう願ってしまったから。


きっとわたしはとっくに、ご主人自体を好きになっていたのだろう。


「ご主人……わたしは、」


あなたが好きです。本当に、誰よりも何よりも。
あなただけが、好きなんです。
この血に変えても、守りたいくらいには。


――あなただけが、ただ。
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