ご主人と吸血鬼
「お前、最近血を求めないな」
「えっ、ご主人が自発的にわたしを求めている、だと?」
「なんだその言葉遣い」
「アニメで見たんです」
「……そうか」
「何を呆れた顔してるんですかー!ご主人だってドラマ見てるじゃないですか!」
「ああ、まあ……好きだからな」
「まぁた他の女の子ですかぁ?もう、本当にわたしを妬かせるのが上手いんですから」
「そういうこっちゃねぇよ。純粋にドラマの内容と、あとそのドラマに出てくる女優が好きだ」
「なんですか、その堂々とした浮気宣言は!?」
えーん、ご主人のばかー!
なんて騒いでいたら、ご主人がわたしを自分の足の間に抱え込んだ。
「ご主人がデレている……!どうしたんです?珍しいですね」
「なあ、吸血鬼」
「なんですかー?」
其れは、きっと。
――この日常の、終わりの言葉。
「どうして俺以外の野郎の血、吸ってんだよ」
「な、んで……」
知っているんですか?
なんて言葉を言おうとして、やめた。
ああ、これは引っ掛けられた。
だってご主人が傷付いた顔をしているから。
いつもは平然としている、あのご主人が。
「そうやって、人間をからかうのは楽しかったか?吸血鬼」
傷付いた顏で、わたしを傷つけようとしている。そんなご主人を見て居られなくて、わたしは縋るようにご主人の胸元の服を引っ張る。
「ご、めんなさい……ごめんなさい!ご主人!ごめんなさい!」
「やっぱ、吸ってんのか」
見たこともないような顔だった。
いや、違う。一度だけ見たことがある顏だった。
でもそれはご主人であって、ご主人ではない人。
「……きらわないで!嫌わないで!ご主人!」
「……嫌いになれたら、どんなに楽だと思ってんだ」
苦しそうに歪める顔を、見たくなかった。
自分勝手な言葉ばかりだと分かっていた。
でも、嫌われたくなかった。
「俺は、お前が好きだから。だから嫉妬した。はじめて知ったよ、こんな感情。お前のせいだから責任取って俺以外から血ぃ吸うな、ばーか」
「……っ、いた」
デコピンを食らわされて、額を押さえる。
そんなわたしのことを愛おしそうに見るご主人は、どこか怯えたような色をその眼差しに含ませていた。
どうしてご主人が怯えるの?嫌われてしまうかも知れないのは、いや、嫌われてもおかしくないのは、わたしの方なのに。
「なあ、俺の首、噛んで」
甘やかな声。誘うように首筋を差し出すご主人に、わたしの脳は揺れるような感覚を覚えた。
くらくらと眩暈がするほどにいい香り。
好き、大好き。大好き。飲みたい。ご主人の血を。飲みたい。
――飲み尽くしたい。
「……吸血鬼?なんで、」
「あ、の……そういう、気分では、ないので」
失いそうな理性を、必死で取り戻してご主人から目を背ける。
ご主人は息が詰まったような声で聞いて来る。
それはそうだろう。今までのわたしはご主人から誘われたら一も二もなくその首を噛んでいたのだから。
苦しまぎれに放った言葉がご主人を傷付けるのは知っていた。分かっていた。
でも、ご主人を死なせたくはなかった。
「……それが、お前の答えなんだな」
「え、」
「お前の執事とやらが言ってた」
「な、にを……」
「時間、くれ。離れる準備くらい、俺にもくれよ」
「だから、何を……アデルは何をご主人に言ったのですか!?」
ご主人は目を細め、小さく囁くように呟いた。
『お嬢様はもう、お前を愛してはいない』
「えっ、ご主人が自発的にわたしを求めている、だと?」
「なんだその言葉遣い」
「アニメで見たんです」
「……そうか」
「何を呆れた顔してるんですかー!ご主人だってドラマ見てるじゃないですか!」
「ああ、まあ……好きだからな」
「まぁた他の女の子ですかぁ?もう、本当にわたしを妬かせるのが上手いんですから」
「そういうこっちゃねぇよ。純粋にドラマの内容と、あとそのドラマに出てくる女優が好きだ」
「なんですか、その堂々とした浮気宣言は!?」
えーん、ご主人のばかー!
なんて騒いでいたら、ご主人がわたしを自分の足の間に抱え込んだ。
「ご主人がデレている……!どうしたんです?珍しいですね」
「なあ、吸血鬼」
「なんですかー?」
其れは、きっと。
――この日常の、終わりの言葉。
「どうして俺以外の野郎の血、吸ってんだよ」
「な、んで……」
知っているんですか?
なんて言葉を言おうとして、やめた。
ああ、これは引っ掛けられた。
だってご主人が傷付いた顔をしているから。
いつもは平然としている、あのご主人が。
「そうやって、人間をからかうのは楽しかったか?吸血鬼」
傷付いた顏で、わたしを傷つけようとしている。そんなご主人を見て居られなくて、わたしは縋るようにご主人の胸元の服を引っ張る。
「ご、めんなさい……ごめんなさい!ご主人!ごめんなさい!」
「やっぱ、吸ってんのか」
見たこともないような顔だった。
いや、違う。一度だけ見たことがある顏だった。
でもそれはご主人であって、ご主人ではない人。
「……きらわないで!嫌わないで!ご主人!」
「……嫌いになれたら、どんなに楽だと思ってんだ」
苦しそうに歪める顔を、見たくなかった。
自分勝手な言葉ばかりだと分かっていた。
でも、嫌われたくなかった。
「俺は、お前が好きだから。だから嫉妬した。はじめて知ったよ、こんな感情。お前のせいだから責任取って俺以外から血ぃ吸うな、ばーか」
「……っ、いた」
デコピンを食らわされて、額を押さえる。
そんなわたしのことを愛おしそうに見るご主人は、どこか怯えたような色をその眼差しに含ませていた。
どうしてご主人が怯えるの?嫌われてしまうかも知れないのは、いや、嫌われてもおかしくないのは、わたしの方なのに。
「なあ、俺の首、噛んで」
甘やかな声。誘うように首筋を差し出すご主人に、わたしの脳は揺れるような感覚を覚えた。
くらくらと眩暈がするほどにいい香り。
好き、大好き。大好き。飲みたい。ご主人の血を。飲みたい。
――飲み尽くしたい。
「……吸血鬼?なんで、」
「あ、の……そういう、気分では、ないので」
失いそうな理性を、必死で取り戻してご主人から目を背ける。
ご主人は息が詰まったような声で聞いて来る。
それはそうだろう。今までのわたしはご主人から誘われたら一も二もなくその首を噛んでいたのだから。
苦しまぎれに放った言葉がご主人を傷付けるのは知っていた。分かっていた。
でも、ご主人を死なせたくはなかった。
「……それが、お前の答えなんだな」
「え、」
「お前の執事とやらが言ってた」
「な、にを……」
「時間、くれ。離れる準備くらい、俺にもくれよ」
「だから、何を……アデルは何をご主人に言ったのですか!?」
ご主人は目を細め、小さく囁くように呟いた。
『お嬢様はもう、お前を愛してはいない』