ご主人と吸血鬼
とある街。とある高層マンション。
そこの十三階に住む、一組のなんてことない夫婦。
「ご主人~」
こてりと首を傾げる銀髪の女性は気だるげに、しかし強請るように上目遣いをしながら自分の夫たる男を見上げる。
「……なんだ?」
仕方がない。そんな雰囲気の男、いや、夫に私は満面の笑みを浮かべながら『おねだり』をした。
お高いブランド品なんてちゃちなモノではない。
もっと甘美で、もっと至高な、生き物にとって無くてはならないモノ。
「お腹が空きました!」
生物にとっての三大欲求のひとつ『食欲』
つまりは食料であるのだが、夫たるご主人は私のお願いに眉間に皺を寄せて冷蔵庫を指差した。
「冷蔵庫にトマトジュースがあんだろ」
「イヤです!トマトジュースはもう飲み飽きました!」
「知らねぇよ。飲まねぇならもう買って来ねぇぞ」
脅しのようなその言葉に、私はむぅと唇を尖らせジトッとご主人を見やる。
「ご主人が潔く血をくれれば済む話じゃないですかー」
「やらねぇけど?」
「なんでですかぁ!」
「お前、飲む時めちゃくちゃしつこいんだよ」
「ご主人がちょこちょこ飲ませてくれれば、一回に吸う時間だって減りますよー。吸わせてください!お腹減りましたぁ!」
「めんどい」
「ご主人の馬鹿!妻を餓死させる気ですか!」
私はついに叫ぶ。しかしご主人はこちらを見ようとはしない。
何故ならご主人は今、真剣になって見ているモノがあるからだ。
私はそれが気に食わない。正直言って、お腹は確かに空いているけれども、そんなモノは我慢できる。
何百年吸血鬼やっていると思っているんだ、という話である。
(でもダメなんです。それだけは我慢ならないんです!)
「いい加減黙れ。今真由ちゃんの良い所なんだから」
「私とドラマの女優さん!一体どっちが大事なんですか!」
「今は真由ちゃん」
「……~~っ!ご主人のケチんぼ!」
「はいはい。なんでも良いから黙れ」
ご主人は最近熱心に月曜の夜に行われている恋愛ドラマを見ている。どうやらその中に出ている『真由ちゃん』とやらにハマっているようだ。
それは心底ムカつく。
私のことを蔑ろにするご主人は別に構わない。いつものことだ。
あれ?私泣いて良いのですかね?と思わないわけではいけれども、日常茶飯事なことなのだ。
しかし。しかしだ。私以外の女を熱心に見ているのは妻として良い気持ちではない。
世の中ではどうやら女性の方がこういったドラマを好んで見るようだけれども、私としては生身でもう何度もこんな陳腐なセリフを何百年と浴びて来たし、正直何が楽しいのかまったく分からない。
ご主人に言われたら喜んでなんでもしたくなってしまうけれども、そのご主人はその陳腐なセリフを吐くドラマに夢中だ。
つまり現在とてもつまらない時間ということで。
「……ご主人のばーか、ばーか!浮気なんてするご主人は嫌いです!」
「あー、そう」
真由ちゃんとやらを熱心に見ていたご主人は、私のことを見ることもなく、素っ気ない言葉を吐く。
私は若干涙目だ。まあ、嘘泣きだけれども。
少しはご主人が気にしてくれないかなぁ、なんて思ったけれども、ご主人はまったく気にしてはくれない。
つまらない。心底つまらない。
「真由ちゃんなんて大嫌いです……」
「お前、馬鹿だなぁ」
「ご主人が真由ちゃんを幾ら好きでも、ご主人は私ともう結婚しちゃってますし、残念でしたねー!」
むぅっと尖らせた唇は不満しか表していない。
なんだこの陳腐な会話にもなっていない会話は。
「残念な頭の持ち主だなぁ、お前」
「良いですもん。私結構モテますから。ご主人以外にもお相手は居ますもん」
半分冗談、つまりは半分本当の意味でそう言えば、へぇ?と返された。
「お前は俺に浮気するな、って言っときながらお前は浮気するんだな」
「だってー……」
「俺はお前のこと好きなのに、片想いの結婚生活なんて寂しいじゃねぇか」
「……っき、嫌いなんて嘘です!」
「ふぅん?で?」
「大好きです!ご主人大好き!」
「おー、嬉しいねぇ。そんなに大声で言わなくても知ってる知ってる。だからあと十分いい子にしてろ。ちゃぁんと構ってやるから」
「待ってます!待ってますからね!」
「だーかーらー。黙れ」
「はぁい!」
ご主人は相変わらずソファに腰掛けたままテレビに夢中で。
それでも私は忠犬のように返事をして、ご主人の腕に抱き着いた。
ご主人は面倒くさいのか、それとも受け入れてくれたのか、拒絶をしないで片腕で抱きしめてくれる。
そんなご主人の腕の中で私はドラマが終わるあと十分間の間、「待て」をしていた。
「ご主人!ドラマ終わりましたね!構ってください!」
「はいは……。あ、真由ちゃんが次のニュースに生放送で出るみてぇだな」
「ご主人~……」
ご主人はドラマを見終わった後も、生放送の真由ちゃんに釘付けで。
私を構うことはおろか、血をくれることもその日は無かった。
(真由ちゃんなんて大嫌いです!)
ソファの上のクッションをぼふんと殴りながら「真由ちゃん可愛いなぁ」なんて言っているご主人に向かって心の中で叫んだ。
そこの十三階に住む、一組のなんてことない夫婦。
「ご主人~」
こてりと首を傾げる銀髪の女性は気だるげに、しかし強請るように上目遣いをしながら自分の夫たる男を見上げる。
「……なんだ?」
仕方がない。そんな雰囲気の男、いや、夫に私は満面の笑みを浮かべながら『おねだり』をした。
お高いブランド品なんてちゃちなモノではない。
もっと甘美で、もっと至高な、生き物にとって無くてはならないモノ。
「お腹が空きました!」
生物にとっての三大欲求のひとつ『食欲』
つまりは食料であるのだが、夫たるご主人は私のお願いに眉間に皺を寄せて冷蔵庫を指差した。
「冷蔵庫にトマトジュースがあんだろ」
「イヤです!トマトジュースはもう飲み飽きました!」
「知らねぇよ。飲まねぇならもう買って来ねぇぞ」
脅しのようなその言葉に、私はむぅと唇を尖らせジトッとご主人を見やる。
「ご主人が潔く血をくれれば済む話じゃないですかー」
「やらねぇけど?」
「なんでですかぁ!」
「お前、飲む時めちゃくちゃしつこいんだよ」
「ご主人がちょこちょこ飲ませてくれれば、一回に吸う時間だって減りますよー。吸わせてください!お腹減りましたぁ!」
「めんどい」
「ご主人の馬鹿!妻を餓死させる気ですか!」
私はついに叫ぶ。しかしご主人はこちらを見ようとはしない。
何故ならご主人は今、真剣になって見ているモノがあるからだ。
私はそれが気に食わない。正直言って、お腹は確かに空いているけれども、そんなモノは我慢できる。
何百年吸血鬼やっていると思っているんだ、という話である。
(でもダメなんです。それだけは我慢ならないんです!)
「いい加減黙れ。今真由ちゃんの良い所なんだから」
「私とドラマの女優さん!一体どっちが大事なんですか!」
「今は真由ちゃん」
「……~~っ!ご主人のケチんぼ!」
「はいはい。なんでも良いから黙れ」
ご主人は最近熱心に月曜の夜に行われている恋愛ドラマを見ている。どうやらその中に出ている『真由ちゃん』とやらにハマっているようだ。
それは心底ムカつく。
私のことを蔑ろにするご主人は別に構わない。いつものことだ。
あれ?私泣いて良いのですかね?と思わないわけではいけれども、日常茶飯事なことなのだ。
しかし。しかしだ。私以外の女を熱心に見ているのは妻として良い気持ちではない。
世の中ではどうやら女性の方がこういったドラマを好んで見るようだけれども、私としては生身でもう何度もこんな陳腐なセリフを何百年と浴びて来たし、正直何が楽しいのかまったく分からない。
ご主人に言われたら喜んでなんでもしたくなってしまうけれども、そのご主人はその陳腐なセリフを吐くドラマに夢中だ。
つまり現在とてもつまらない時間ということで。
「……ご主人のばーか、ばーか!浮気なんてするご主人は嫌いです!」
「あー、そう」
真由ちゃんとやらを熱心に見ていたご主人は、私のことを見ることもなく、素っ気ない言葉を吐く。
私は若干涙目だ。まあ、嘘泣きだけれども。
少しはご主人が気にしてくれないかなぁ、なんて思ったけれども、ご主人はまったく気にしてはくれない。
つまらない。心底つまらない。
「真由ちゃんなんて大嫌いです……」
「お前、馬鹿だなぁ」
「ご主人が真由ちゃんを幾ら好きでも、ご主人は私ともう結婚しちゃってますし、残念でしたねー!」
むぅっと尖らせた唇は不満しか表していない。
なんだこの陳腐な会話にもなっていない会話は。
「残念な頭の持ち主だなぁ、お前」
「良いですもん。私結構モテますから。ご主人以外にもお相手は居ますもん」
半分冗談、つまりは半分本当の意味でそう言えば、へぇ?と返された。
「お前は俺に浮気するな、って言っときながらお前は浮気するんだな」
「だってー……」
「俺はお前のこと好きなのに、片想いの結婚生活なんて寂しいじゃねぇか」
「……っき、嫌いなんて嘘です!」
「ふぅん?で?」
「大好きです!ご主人大好き!」
「おー、嬉しいねぇ。そんなに大声で言わなくても知ってる知ってる。だからあと十分いい子にしてろ。ちゃぁんと構ってやるから」
「待ってます!待ってますからね!」
「だーかーらー。黙れ」
「はぁい!」
ご主人は相変わらずソファに腰掛けたままテレビに夢中で。
それでも私は忠犬のように返事をして、ご主人の腕に抱き着いた。
ご主人は面倒くさいのか、それとも受け入れてくれたのか、拒絶をしないで片腕で抱きしめてくれる。
そんなご主人の腕の中で私はドラマが終わるあと十分間の間、「待て」をしていた。
「ご主人!ドラマ終わりましたね!構ってください!」
「はいは……。あ、真由ちゃんが次のニュースに生放送で出るみてぇだな」
「ご主人~……」
ご主人はドラマを見終わった後も、生放送の真由ちゃんに釘付けで。
私を構うことはおろか、血をくれることもその日は無かった。
(真由ちゃんなんて大嫌いです!)
ソファの上のクッションをぼふんと殴りながら「真由ちゃん可愛いなぁ」なんて言っているご主人に向かって心の中で叫んだ。
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