誇り抱く桜の如く

「劉桜様。劉桜様ー」

天帝城の中に響く鈴を転がしたような声音。
耳障りの良いソレを心地良いと思い始めたのは、いつからか?

『わたくし、貴方様が好きなのですね』

頬を赤らめて、彼女の隠された『妹』と同じ名を持つ水仙の花を握り締めた菩薩の姪殿は、その後に頬を緩め「これからもここに来ても宜しいですか?」と少しだけ恥ずかしそうにそう言った。

許可も何もなく、来ていたのはお前だろう?
そう言えば「そうでしたね」と微笑まれた。

彼女は本当に良く笑う。
その笑みを見ていると、彼女がこの天界からは忌み嫌われている双子だということも忘れて、胸がざわつくのだ。
まるで早く気付いてしまえと言わんばかりに。

「お前、何がそんなに楽しいんだ」

「はい?」

それは純粋な疑問だった。
彼女、睡蓮は戸惑ったように「何が……」と呟いた後に「そうですねぇ」と此方を見やる。

「劉桜様と共に居られて、それがとても幸せだからでしょうか?」

「そ、うか……」

また、だ。
心臓が激しく収縮する。
こんな感情知らない。知りたくもなかった。

例えば、睡蓮が他の男と共に居るのを、微笑みかけるのを見掛けただけで苛立つ。
心臓が握り潰されるように苦しくなる。

それが嫉妬だと知ったのは、随分後になってから。
睡蓮が隣に居ることが当たり前になってからのこと。


今はもう昔。
天帝嫡子である『私』が、心許した者にのみ見せる『俺』という何もないただひとりの男に 、睡蓮がまだ笑って話し掛けてくれていた頃の話。
今はもう、あの笑みを見せてくれることはないけれども。


◆◇◆


「天帝?どうなされましたの?」

難しいお顔をされていますわよ。
あまり耳心地が良いとは言えない声音に、脳が揺り動かされる。
睡蓮の代わりに正室となった女は『天帝の正室』という位置を酷く愛しているらしく、随分と睡蓮と……睡蓮が連れて来た子供に酷いことをしているようだ。

そんなことを平然と行えるこの女に虫酸が走る。

俺がどれだけ睡蓮に触れたいと思っている?
どれだけ前と同じように愛したいと、「好きです」とはにかんだ笑みを浮かべて言われたいと。

(いや……。そう仕向けたのは、……俺か)

心底腹が立ったのだ。
俺には何も告げずに全てを決めてしまった睡蓮に。
ちょっとした仕返しのつもりだった。
睡蓮を正室の座から側室に落としたのは、ひとえに睡蓮に縋られたかったからなのかも知れない。
あの清廉な気を纏った、ほわほわと雲のように掴み所のないくせに、意思の強さだけは岩よりも固い。
最愛と言っても良いほどの女に。

失敗したとしか言えないが。
どうして俺は肝心なところで間違えてしまうのだろう。
こんなにも想っているのに。
どうして今、腕に巻き付いているのが睡蓮じゃない?

そんな問い掛けを、もう何年繰り返しただろう。

ただ一言。
あの子供は天帝たる自分の子だと言っていれば何かが変わっていたのだろうか?

(睡蓮……)

心の中ではこんなに甘くいとおしく呼べるというのに。

『いつか劉桜様の御子を産んだら、うんと幸せにしたいですね』

笑ってそんなことを言った睡蓮。
俺にとっても睡蓮との子というのは魅力的で。
なのに、切望していた子が産まれただけで関係は切れてしまった。
皮肉なものだな、と笑うしか出来ない。


あまりに睡蓮のことを考えていたからだろうか?
恨めしそうに眉根を寄せている正室の顔に気付くことが出来なかったのは。
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