誇り抱く桜の如く

綺麗な桜が舞い、散り逝く。
地面に落ちた花びらを絨毯のように優しく踏んで、空から舞い落ちる薄桃色を絡め取ろうと手を伸ばした。

「劉桜様、翠凛。桜がとても綺麗ですねぇ」

「ふふ、母様はしゃぎすぎ」

「睡蓮。あまり遠くに行くな」

「まあ、心配なさってくれているのですか?劉桜様」

「当たり前だ。もう、この手から離したくはない」

二人の世界を作り上げる父上と母様に、俺は仕方がないとばかりに肩を竦めた。

「俺、ちょっとあっちの方を見てくるね」

「翠凛……」

父上が恥ずかしそうな顔を少しだけした。
母様は何もわかっていない顔をしている。
俺は手をひらひらと振って、二人の傍を離れて行く。


**


「良い香り」

桜の香りが心地好い。
目を瞑った時に、金髪が見えた。

「え?」

ぱちりと目を開ければ、そこに立っていたのは金髪の女性。
その横には燃えるような赤い髪を持った紅い瞳の男性。
金髪の女性は何処となく母様に似ていた。
赤髪の男性は――何処となく俺に似ていた。

「……かあ、さま?とうさま?」

幼子のような声を発して、俺は信じられないモノを見たとばかりに首を振る。
俺が仕出かしたことで、いつの間にか俺は地獄に堕ちてしまったのだろうか?

しぃ、と人差し指を唇に宛がう女性に、俺は両目から涙が零れ落ちた。
生まれてはじめて見た、俺を生んでくれた女性ヒトは、あまりに母様そっくりで。
当たり前か。双子なんだから。そうして危惧していたことも解決した気分になった。

「俺、ちゃんと父様の子だったんですね……ッ」

そのことにとても安心した。
水玄の死の間際に聞かされた。

『お前はもしかしたら前天帝の子かも知れないよ』

そうにっこりと笑われた。
けれど違った。
こんなに幸せなことがあって良いのだろうか?
この手に掛けたヒトの命は俺にとっては軽く、けれども重い。
それでも涙が留まらなくて。

「行くね。俺は、俺を大切に思ってくれた母様と父上の元で。生きられる限りを生きるよ」

二人はにっこりと笑って、そうして頷いた。
ザッと風が吹く。
二人を覆う風は強く、強く。
俺はそんな二人に背を向ける。

「愛してるよ、翠凛」

「生きろ、翠凛」

そんな声が聞こえてきた気がして、涙をグッと抑えて『今』俺を大切にしてくれる二人の元へと足を向けた。


**


「睡蓮」

「はい?」

「桜、綺麗だな」

「……はい」

「また、何度でも見に来よう。三人で」

「まあ、三人かどうかは分かり兼ねますわ」

「……は、それはどういう」

「ふふ。どういう意味でしょう?」

「睡蓮!」

「母様に新しい命が宿ってるの。父上知らなかったの?」

「翠凛。いつの間に戻っていたんだ……」

「今さっきね」

それより、と俺は父上に向かって顔を顰めた。

「そういうこともちゃっかりしてる癖に知らなかったの?」

そう言えば父上は顔を赤く染めた。

「……ねえ、父上。俺さ。次期天帝の座より、次期闘神の座が良いなぁ」

「何故だ?」

「ちゃんとした血の繋がりがある子が生まれるんだから、絶対に争いになる。俺は母様をもう苦しめたくはない。ね?父上」

俺を闘神の座に据えてよ。

「……睡蓮のことを引き合いに出すとは、狡くなったものだ」

「ふふ。そうでしょ」

「……はあ。お前が俺の子であるという事実は消えないからな」

「……ありがとう。父上」

俺は俺の保身の為に闘神の座を望んだのに、本当の子と比べられたくないから言っただけなのに。
本当に、父上は優しい。

――その優しさが、何れ母様を殺してしまわないように。

俺が絶対に守り抜く。
母様と父上と、新しい命を。



桜が舞う中、誓った。

「二人共、大好きだよ」

母様が微笑む。
父上が誇らしそうにしている。

俺はただ、この『睡蓮』と『桜』を。
ふたつの『花』を守る為に生まれて、そうして生きて来たのだろうかと。
それはとても嬉しくて。
自然と口角が上がった。


桜はまるで血のようにほのかに赤く。
それを見ると何処か落ち着く俺は、きっとあの日。
三人を殺めた日から、狂ってしまったのだろう。
それでも構わない。
そう思うのも、また。狂ったからか。


誇りを抱いて咲く花の、そのように。
命尽きるまで、生き続けよう。
二人の母が、二人の父が。繋いでくれた命だから。
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