誇り抱く桜の如く

「ねえ、あなたはどうして処罰を下されないの?」

俺は地べたでぐったりとしている女を見る。
あの日、母様を五十年の眠りにつかせた女だ。
父上の側室だった女らしい。
もうひとりの側室は手に掛けた。
この女も、すぐ其処に逝かせる予定だ。

「喋らなくても良いよ?俺はあなたの気色が悪い声なんて聞きたくもない」

「……ッ」

女を蹴り飛ばす。
母様が知ったら一体どう思うだろう?
俺がこんなことを平気で出来てしまう男に育ってしまったと。
知られたくないなぁ。
母様には綺麗なモノだけを見ていて欲しい。
俺を守ってたくさん汚いものを見て来た女性だから。

「藍香さん?俺はね、考えたんだ。父上のやり方じゃあ生温い。俺はあなたを、あなた達を殺してやりたいって」

にっこりと笑って、俺は剣を腰から抜いた。
怯えた声も、震える身体も。
すべてが穢らわしい。
なんの戸惑いもなくその身体に突き刺せば、女は少しだけ暴れた素振りを見せたあとにピクリとも動かなくなった。

飛んで来たこの天界では不浄とされている紅い血を舌で舐め取る。

「俺は母様の為ならどこまでも非情になれる。母様の為であり、俺のことを苛んできたお前達をこの世界から堕とす為なら、俺だって堕ちる覚悟だよ」

一緒だね?なんて言いながら笑って、俺は金糸の髪を翻した。
そう。この世界にはまだ忌むべき存在が居る。

「……お前はやっぱり、あの出来損ないの子だよ」

そう声を発したのは、あの日母様の元に訪れた男。
そうして馬乗りになって殴り続けた男。
母様の腫れた頬を見る度に哀しくなった。
それと同時に怒りも募った。

「なんの話ですか?俺は、母様の子ですよ」

優しく微笑んだ。そのつもりだった。
けれど男――水玄――の目に映った俺の顔は醜く、見られたものじゃなかった。
それでも目は背けない。
俺はこの業を背負って生きていくと決めたから。
母様の為でもあり、俺の為でもあるんだ。

「お前は、あの天帝と違って優しくないね」

「優しかったら、何も守れないですからね」

「ふふ。お前がどんな地獄に堕ちるのか楽しみにしてるよ。忌み子」

「俺は忌み子だけれども、そんな俺を『自慢の子』だと言ってくれた母様と、『俺の子だ』と認めてくれた父上の為に。俺はなんでもするよ」

誰もしないから、俺がやる。
そんな生温い感情ではない。
俺は俺の為に生きて、地獄に堕ちるだけだ。

「……残念だったな。お前が姉さんの子だったらオレはお前を愛せたのに」

「はは。それはそれは」

剣を向け、その首に近付けた。

「父上と母様以外の『愛』を、俺は必要としない」

刎ねた首は転がって、胴体は力なく弛緩した。

「嗚呼、こんな血塗れじゃ母様が穢れてしまう」

自分の真っ赤に染まった手のひらを見て、俺はこてりと首を傾げた。







「母様。もう邪魔な存在は居ないよ。……本当はきっと、俺も邪魔な存在なんだろうけれども。ごめんね?もう少しだけ傍に居させて」
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