誇り抱く桜の如く
「ね、えさん?」
何が起きたのか分からなかった。
今見ている光景は、睡蓮姉さんがあの出来損ないが生んだ子を庇い、俺が振り下ろした刀をその身に受けて、痛みで蹲っている。
「……っ!姉さん!睡蓮姉さん!」
オレは刀を投げ捨てて姉さんに近付く。
こんな筈じゃ――こんな筈じゃなかったのに!
「……ん、かあさま?」
鈴が鳴るような綺麗な声が響いた。
何処かで聞いたことがあるような声音だ。
オレはそちらをじろりと見やる。
寝台の上。オレが刀を振り下ろそうとした子供はきょとんとした瞳でオレを見た。
代々闘神の一族の長が持つ血を連想させる紅い瞳と、姉さんと出来損ないが持つ紫水晶のような瞳が、こちらをじぃっと見つめてくる。
剣術の稽古を付けてくれていた厳しいまなこをする伯父上に見られているような、そんな錯覚を覚えた。
「お、まえが……」
けれど抱いたのは畏怖ではなく、怒り。
絞り出すように発する声は震えていて。
そうだよ、と震えを薙ぎ払うように続けた。
「お前が、お前が生まれて来たのが悪いんだ!全部ぜんぶ!お前が!お前のせいだ!」
「……っ!ご、めんなさ……っ!」
手で頭を覆い、身体を丸めるその子供の身体を蹴ろうとした。
その足をグッと掴まれる。
「っ、姉さん!」
意識があったのか……。
そんなことにホッとしてしまう。
「姉さん、姉さん。オレのこと分かる?」
「……す、いげん……っく」
床に伏した姉さんがオレの足を掴みながらオレを見上げる。
オレはなぁに?とこの血臭漂う場には不釣り合いな程に優しく問うた。
「あ、れは……本当、なのですか……?」
「あれ?」
「天帝、勅命というのは……」
「……本当だよ」
「そ、ですか……」
姉さんはそれだけ言うと瞼を閉じた。
気を失ってしまったのかな?
そう思い、姉さんの手当をしなければと抱き上げようとした時。
「……水玄」
例えるなら湖面に波紋を作るような声。そんな声で名前を呼ばれた。
「あな、た、は大きな……誤ちをおかし、ました」
「え、」
「心やさしい、天帝が、命までをも望むわけ、……ありません」
閉じた瞳を再び開けて。
たどたどしくもハッキリとそう言った姉さん。
息も絶え絶えだと言うのに。
死ぬ間際かと思えるくらいの血の湖面が出来ていると言うのに。
二つのまなこがしっかりとオレを見る。
オレは裏切られたような気持ちになって、姉さんの頬を反射的に叩いた。
「……え?オレ、何して……?」
自分の仕出かしたことが分からなくて、自分の手のひらを見る。
「ふ、ふ。……あ、なたの、本性です、かね……っ?」
「姉さんは、オレが母上と同じだと思っているの?母上みたいな陰湿なやり方でしか愛情を表現出来ないって!そう思ってるの!?」
「何をもって、ちがうと?」
「姉さん……!……いや。そんなことを言う姉さんは、オレの姉さんじゃない」
誰だ。誰だよ、お前!お前は一体誰だ!
叫んで、頭では分かっている姉さんの顔を馬乗りになって何度も叩いた。
姉さんは出血の多さからか反抗しない。
何度繰り返しただろう?
バシッと手首を掴まれた。
「だれだ!?」
「俺の妻に、何をしている?」
キッと睨み付けた先に居たのは。
息を切らせながら現れた男は、オレがこの世でもっとも忌むべき男だった。
「……っ!」
「もう一度聞く。俺の妻に、貴様は何をしている」
明確に向けられた殺意に、ビクリと肩が震える。
なんで、アンタが居るんだ……。
震える声でそう言えば天帝の背後に小さな背丈。
金糸の髪を揺らしながら、違う色の瞳で怯えながら、しかし何処か冷静にオレを見る忌み子。
そう言えばいつの間にか居なかったような気がする。
こんな忌み子のことなんて気にも出来ていなかった。
助けを呼びに言ったのだろう。
そうでなければ、そうでなければ。
このまま姉さんを殺して、オレだけのモノにしてしまえたのに――
「お前の、お前のせいか!」
「貴様が言えたことではないだろう……!」
手首を掴む力は強く、軍で闘神として活躍を見せている俺なのに何故か動けない。
ギリッと歯を鳴らす。
「捕縛せよ」
冷たい声が響く。
いつの間にか来ていた兵士がオレの脇を掴み、部屋から連れ出そうとした。
「姉さん……っ」
弱々しい声で手を伸ばした先に見えたのは。
殺意を必死に抑え込み、いとおしい者を抱き締める男と。
オレのせいで床に紅い水溜まりを作りながらぐったりとしている睡蓮姉さんと。
心配そうに寄り添う忌み子の姿。
嗚呼、その姿はまるで。
――まるで家族じゃないか。
力が抜けたようにだらりと身体を預けるオレを兵士達は難なくそのまま独居房へと連れて行った。
何が起きたのか分からなかった。
今見ている光景は、睡蓮姉さんがあの出来損ないが生んだ子を庇い、俺が振り下ろした刀をその身に受けて、痛みで蹲っている。
「……っ!姉さん!睡蓮姉さん!」
オレは刀を投げ捨てて姉さんに近付く。
こんな筈じゃ――こんな筈じゃなかったのに!
「……ん、かあさま?」
鈴が鳴るような綺麗な声が響いた。
何処かで聞いたことがあるような声音だ。
オレはそちらをじろりと見やる。
寝台の上。オレが刀を振り下ろそうとした子供はきょとんとした瞳でオレを見た。
代々闘神の一族の長が持つ血を連想させる紅い瞳と、姉さんと出来損ないが持つ紫水晶のような瞳が、こちらをじぃっと見つめてくる。
剣術の稽古を付けてくれていた厳しいまなこをする伯父上に見られているような、そんな錯覚を覚えた。
「お、まえが……」
けれど抱いたのは畏怖ではなく、怒り。
絞り出すように発する声は震えていて。
そうだよ、と震えを薙ぎ払うように続けた。
「お前が、お前が生まれて来たのが悪いんだ!全部ぜんぶ!お前が!お前のせいだ!」
「……っ!ご、めんなさ……っ!」
手で頭を覆い、身体を丸めるその子供の身体を蹴ろうとした。
その足をグッと掴まれる。
「っ、姉さん!」
意識があったのか……。
そんなことにホッとしてしまう。
「姉さん、姉さん。オレのこと分かる?」
「……す、いげん……っく」
床に伏した姉さんがオレの足を掴みながらオレを見上げる。
オレはなぁに?とこの血臭漂う場には不釣り合いな程に優しく問うた。
「あ、れは……本当、なのですか……?」
「あれ?」
「天帝、勅命というのは……」
「……本当だよ」
「そ、ですか……」
姉さんはそれだけ言うと瞼を閉じた。
気を失ってしまったのかな?
そう思い、姉さんの手当をしなければと抱き上げようとした時。
「……水玄」
例えるなら湖面に波紋を作るような声。そんな声で名前を呼ばれた。
「あな、た、は大きな……誤ちをおかし、ました」
「え、」
「心やさしい、天帝が、命までをも望むわけ、……ありません」
閉じた瞳を再び開けて。
たどたどしくもハッキリとそう言った姉さん。
息も絶え絶えだと言うのに。
死ぬ間際かと思えるくらいの血の湖面が出来ていると言うのに。
二つのまなこがしっかりとオレを見る。
オレは裏切られたような気持ちになって、姉さんの頬を反射的に叩いた。
「……え?オレ、何して……?」
自分の仕出かしたことが分からなくて、自分の手のひらを見る。
「ふ、ふ。……あ、なたの、本性です、かね……っ?」
「姉さんは、オレが母上と同じだと思っているの?母上みたいな陰湿なやり方でしか愛情を表現出来ないって!そう思ってるの!?」
「何をもって、ちがうと?」
「姉さん……!……いや。そんなことを言う姉さんは、オレの姉さんじゃない」
誰だ。誰だよ、お前!お前は一体誰だ!
叫んで、頭では分かっている姉さんの顔を馬乗りになって何度も叩いた。
姉さんは出血の多さからか反抗しない。
何度繰り返しただろう?
バシッと手首を掴まれた。
「だれだ!?」
「俺の妻に、何をしている?」
キッと睨み付けた先に居たのは。
息を切らせながら現れた男は、オレがこの世でもっとも忌むべき男だった。
「……っ!」
「もう一度聞く。俺の妻に、貴様は何をしている」
明確に向けられた殺意に、ビクリと肩が震える。
なんで、アンタが居るんだ……。
震える声でそう言えば天帝の背後に小さな背丈。
金糸の髪を揺らしながら、違う色の瞳で怯えながら、しかし何処か冷静にオレを見る忌み子。
そう言えばいつの間にか居なかったような気がする。
こんな忌み子のことなんて気にも出来ていなかった。
助けを呼びに言ったのだろう。
そうでなければ、そうでなければ。
このまま姉さんを殺して、オレだけのモノにしてしまえたのに――
「お前の、お前のせいか!」
「貴様が言えたことではないだろう……!」
手首を掴む力は強く、軍で闘神として活躍を見せている俺なのに何故か動けない。
ギリッと歯を鳴らす。
「捕縛せよ」
冷たい声が響く。
いつの間にか来ていた兵士がオレの脇を掴み、部屋から連れ出そうとした。
「姉さん……っ」
弱々しい声で手を伸ばした先に見えたのは。
殺意を必死に抑え込み、いとおしい者を抱き締める男と。
オレのせいで床に紅い水溜まりを作りながらぐったりとしている睡蓮姉さんと。
心配そうに寄り添う忌み子の姿。
嗚呼、その姿はまるで。
――まるで家族じゃないか。
力が抜けたようにだらりと身体を預けるオレを兵士達は難なくそのまま独居房へと連れて行った。