【main story】噓つきが吐いた嘘

いつか終焉が来るのなら、自分の手で行いたかった。
きっとそれはアタシの我儘なんでしょうけれども。

「ワガママなのはいつものことだろう」

呆れたようにアタシのことをアタシ以上に知っている男は言う。
そうね、と少しだけ考えるような素振りを見せた後にアタシはいつもの笑みを口元に浮かべた。
誰もがチェシャ猫のようだという、その笑みはアタシの武器のひとつ。
チェシャ猫なんて失礼ね? アタシの口はあんなにも三日月になっているのかしら?
なんて皮肉を交えながら。

「それで、どうしてお前はアイツを助ける気になったんだ」
「そうねぇ……」

助ける。その言葉に少しだけ違和感を感じたけれども、その違和感はそのままにした。
きっとこの感情は要らないものだから。
でも彼はきっとその答えには納得をしない。
だけど何もかもを彼に話す必要はないのだ。

「ただの気紛れよ」
「……気紛れ、ねぇ?」

この十年間一度も影も形も表さなかったくせに。
そういう感情が込められていた言葉であったけれども、アタシはそれに気付かないフリをした。

「お前、ナニ考えてやがる」
「あら? んふふ、知りたい?」

首を傾げながら彼に問い掛ければ、彼の赤い血のような瞳が色濃く揺らぐ。
ああ、なんて綺麗な――嫉妬の色。
それがアタシに向けられていることが嬉しいのか、それとも彼の感情を動かせていることが嬉しいのか。
何にしろ、アタシは今喜んでいる。
その結果に変わりはないのだ。

「少しは大人しくなったと思ったんだがな」
「ふふ、そう。アドルはアタシのことをそう評価してくれていたの」
「評価は改めたいところだがな」
「あら、酷い」
「酷いのはどっちだ」

確かに何も言わずに今ことを動かし始めたアタシは酷い女なのかも知れないけれども。

「知っている? アドル」

彼の名を甘く呼べば、眉根を寄せられた。
アタシのこの声でそんな反応を返すのは、きっと。この世界で彼だけ。
愛しい愛しい、アタシの夢を叶えてくれる人。
愛しいアドルに、けれども今は何も言わずにその顔に腕を伸ばす。
アドルの頬を両手で包み、自身に引き寄せる。
アドルは拒絶もしなければ、受容もしない。
ただ重力に任せるかのようにアタシに引っ張られているだけだ。
その姿が愛おしくて、愛しい思いの分だけ憎たらしい。

「アタシはこの時間を愛しているの」
「……知ってるよ」

そんなことを言う為にこの茶番を行っているのかと、そう言われているようで。
でもそうね、そうなのかも知れない。

「アタシにとってはこの茶番すらも、愛しい時間だわ」
「ハッ。良くそんなことを言うな。嘘吐きが」
「さすがアドルはアタシのこと良く知っているわね」

アタシはまるで生きをするように嘘を吐き続けている。
生きる為だけに身に着けたこの行為も、生まれた時からアタシのことを知っているアドルにはすべてお見通しなのだろう。
だからこそ……。

(言えないこともあるのだけれどもね?)

例え思っていても、言葉にしなければ同じこと。
本当にそう思っているのか、そうではないのか。
きっと誰にも、アタシにさえ分からないのだから。

「でも、そんなアタシを愛してくれているんでしょう?」

そう微笑めば、アドルは面食らったような表情を一瞬して、長い溜め息を吐いた後。

「当たり前だろ。じゃなきゃ、面倒臭いお前の面倒なんて見てねぇよ。――セシル」

セシル。アタシに与えられた名を呼ぶアドルにアタシは口端を吊り上げて応える。
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