【side story】春告げ鳥が哭いた日【完結済】

その人と出逢ったのは、とある冬。雲ひとつない晴天の日。
あたしは『仕事』としてその人。
日本の大企業の会長である祖父と社長である父親からあたしと共に居ることを命令された可哀想で憐れな男は、仏頂面であたしを見下ろした。
彼、東雲冬彦と出逢ったのはそんなオメデタイ頭のような晴天の日だった。

「どうして素性も知れない女と共に在れと言うのですか?」

そう訊ねるのは仕方がないだろう。
けれどあたしは華麗にスルーしてにこやかに笑い、手を差し出した。

「なんだ」

「挨拶だよー。知らないの?これからよろしくね、冬彦くん」

「挨拶なことは知っている。しかし、氏素性の知れない女と仲良くする気は一切ない。あとさらりと名前で呼ぶな」

「頑固で仕方がない人だなぁ、冬彦くんは」

「だから、」

「はるひ」

「は?」

「もー、ちゃんと教えてあげたのにー」

二度目はないよ?
なんて言いながら言葉を続ける。

「あたしの名前は春陽。春陽ちゃんって呼んでもいーよ?冬彦くんは特別だからねぇ。あ、でも残念ながら苗字は教えられなーい。でもこれからよろしくね!」

語尾にハートマークをつけたような甘い声を出しながら、冬彦くんに催促するように手を差し出したまま。

「……ますます怪しい女じゃないですか」

自分の父親と祖父の方を見る冬彦くん。
二人は冬彦くんと同じような仏頂面をしながら同じ言葉を吐いた。

「……会社の為と思って我慢してくれ」

「こんなに可愛いあたしと居るのが『我慢』とか失礼しちゃいますねぇ」

随分と長いこと会長であり続けている冬彦くんの祖父である男の肩が微かに揺れたのが分かった。
なぁんだ。ちゃんと現実を把握しているのはこの老いぼれだけかぁ。
この場で一番の権力者が『誰』なのか、きちんと教えてあげなきゃいけないのかなぁ……。

(まあ、いーか)

この先支障がなければ、まったく問題はない。

「とりあえず、よろしくね。冬彦くん?」

軽薄だと自覚した笑みを浮かべながら冬彦くんに手を差し出した。
その手のひらに彼は渋々、本当に渋々といった顔で腕を伸ばし手のひらを合わせた。
触れるだけ触れて一瞬で離れてしまったぬくもり。

――これが冬彦くんとの最初の接触。

ひんやりと冷たい彼の体温を知ってしまったことを後悔する日が来るとも知らずに。
この時のあたしはにこにこと笑いながら、任された『仕事』を完遂することしか考えていなかった。
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