【side story】春告げ鳥が哭いた日【完結済】
くりんとした茶色の瞳。
青みがかかった黒髪。
恐ろしい程に幼い頃の俺に似ている。
今現在。俺は自分の息子と対面している。
「――パパは。疑わないんですか?」
「何を?」
「……こういうところがママの惚れたところですかね」
「いや、本当に何が……」
「僕が自分の子供だと、わりとあっさり受け入れてくれたもので。パパ、とあの時は呼びましたけど……あなたは僕のパパである覚悟があるんですか?」
「……」
べらべらと喋る子供だな、と思った。
ああ、本当に。
「何を笑っているんですか?」
「いや、お前は本当に春陽に似ているなと思ってな」
「当たり前です。僕はママの胎から生まれたんですから」
「あと、結構。昔の俺にも似ている」
「……は!?」
そうだ。こういう反応を春陽に楽しまれていたんだ。
今なら分かる。
こういう純粋な子供をからかってしまいたくなる気持ちが。
あの時の春陽にとっては、俺は子供だったのだろう。
幼い子供で、世間知らずで。そんなところを、愛してくれたのだろう。
「春彦、と呼ばれていたな」
「そうですけど……」
「俺も、呼んでもいいか?」
「……父親なんだから、勝手に呼ばば良いのではありませんか」
「ああ、そうだな」
父親なんだから。
幸せな響きだと思った。
俺と春陽との間に生まれた『春彦』はどんな大人になっていくのだろう。
楽しみだ。凄く、凄く。
強いて言えば、この子が生まれる前から一緒に居られなかったことが残念なことくらいか。
「春彦」
「なんですか。早速呼び捨てですか」
「父親だからな」
「……ママは僕のことを『春彦くん』と呼びます」
「アイツはアイツだろう?」
ウッと詰まったらしい春彦は、とうとう何も言わなくなった。
代わりにもじもじと小さな手をすり合わせる。
「何か言いたいことがあるならなんでも言えば良い。子供が我慢するものでもないだろう」
「……僕は、あなたをパパと呼んでもいいんですか」
「当たり前だ」
即座に出て来た言葉に、春彦はその茶色の瞳を大きく見開き、そうしてワッと泣き出した。
「あーあ。冬彦くんが春彦くん泣かせたー」
「は、春陽!見ていたなら助けろ」
「えー、父子の感動の再会を邪魔なんて出来ませんよー」
そんなことを言いながら春陽はよしよし、と春彦の背を撫でる。
「そんなに泣く程嫌だったのか……」
「冬彦くんは相変わらずですねぇ。嬉しくて泣いちゃったんですよねぇ、春彦くんは」
「……そ、うなのか」
「そうなのです」
「ち、ちがっ!」
春彦はそう言うくせに春陽の身体に顔を隠す。
まるで恥ずかしくて堪らないとばかりに。
「……俺は、お前の父親で在れて嬉しい」
「そうやってママも誑したんだァ!」
「人聞きが悪いな!?」
「あはは、そうなんです。誑されちゃったんですよー」
笑う春陽に、涙と鼻水で凄いことになっている春彦。
そうして苦笑する俺。
遠回りしたせいで出来立ての家族は、今まさにはじまったばかり。
***
「アタシの見立てた通りだったわねェ」
「盗撮は趣味が悪いぞ」
「春陽ちゃんは気付いているからいいじゃなーい」
銀糸の髪を白い帽子で隠すように被る女。紅い口紅が印象的だ。
目の色はサングラスをしているから分からない。
彼女はにんまりと笑いながら、「新しい家族に乾杯」とワイングラスを傾けた。
目の間に座る黒衣の男は静かに溜息を吐いて女のグラスに己のグラスを宛てた。
オペラグラスに映る幸せそうな家族を見つめ、女は口元に笑みを浮かべたまま、血の色のような真っ赤なワインに静かに口付けた。
青みがかかった黒髪。
恐ろしい程に幼い頃の俺に似ている。
今現在。俺は自分の息子と対面している。
「――パパは。疑わないんですか?」
「何を?」
「……こういうところがママの惚れたところですかね」
「いや、本当に何が……」
「僕が自分の子供だと、わりとあっさり受け入れてくれたもので。パパ、とあの時は呼びましたけど……あなたは僕のパパである覚悟があるんですか?」
「……」
べらべらと喋る子供だな、と思った。
ああ、本当に。
「何を笑っているんですか?」
「いや、お前は本当に春陽に似ているなと思ってな」
「当たり前です。僕はママの胎から生まれたんですから」
「あと、結構。昔の俺にも似ている」
「……は!?」
そうだ。こういう反応を春陽に楽しまれていたんだ。
今なら分かる。
こういう純粋な子供をからかってしまいたくなる気持ちが。
あの時の春陽にとっては、俺は子供だったのだろう。
幼い子供で、世間知らずで。そんなところを、愛してくれたのだろう。
「春彦、と呼ばれていたな」
「そうですけど……」
「俺も、呼んでもいいか?」
「……父親なんだから、勝手に呼ばば良いのではありませんか」
「ああ、そうだな」
父親なんだから。
幸せな響きだと思った。
俺と春陽との間に生まれた『春彦』はどんな大人になっていくのだろう。
楽しみだ。凄く、凄く。
強いて言えば、この子が生まれる前から一緒に居られなかったことが残念なことくらいか。
「春彦」
「なんですか。早速呼び捨てですか」
「父親だからな」
「……ママは僕のことを『春彦くん』と呼びます」
「アイツはアイツだろう?」
ウッと詰まったらしい春彦は、とうとう何も言わなくなった。
代わりにもじもじと小さな手をすり合わせる。
「何か言いたいことがあるならなんでも言えば良い。子供が我慢するものでもないだろう」
「……僕は、あなたをパパと呼んでもいいんですか」
「当たり前だ」
即座に出て来た言葉に、春彦はその茶色の瞳を大きく見開き、そうしてワッと泣き出した。
「あーあ。冬彦くんが春彦くん泣かせたー」
「は、春陽!見ていたなら助けろ」
「えー、父子の感動の再会を邪魔なんて出来ませんよー」
そんなことを言いながら春陽はよしよし、と春彦の背を撫でる。
「そんなに泣く程嫌だったのか……」
「冬彦くんは相変わらずですねぇ。嬉しくて泣いちゃったんですよねぇ、春彦くんは」
「……そ、うなのか」
「そうなのです」
「ち、ちがっ!」
春彦はそう言うくせに春陽の身体に顔を隠す。
まるで恥ずかしくて堪らないとばかりに。
「……俺は、お前の父親で在れて嬉しい」
「そうやってママも誑したんだァ!」
「人聞きが悪いな!?」
「あはは、そうなんです。誑されちゃったんですよー」
笑う春陽に、涙と鼻水で凄いことになっている春彦。
そうして苦笑する俺。
遠回りしたせいで出来立ての家族は、今まさにはじまったばかり。
***
「アタシの見立てた通りだったわねェ」
「盗撮は趣味が悪いぞ」
「春陽ちゃんは気付いているからいいじゃなーい」
銀糸の髪を白い帽子で隠すように被る女。紅い口紅が印象的だ。
目の色はサングラスをしているから分からない。
彼女はにんまりと笑いながら、「新しい家族に乾杯」とワイングラスを傾けた。
目の間に座る黒衣の男は静かに溜息を吐いて女のグラスに己のグラスを宛てた。
オペラグラスに映る幸せそうな家族を見つめ、女は口元に笑みを浮かべたまま、血の色のような真っ赤なワインに静かに口付けた。