【side story】春告げ鳥が哭いた日【完結済】

唐突にアイツが居なくなった。
……何も言わずに。
俺は結局のところ、アイツの何を知っていたのだろう。
即答できるくらいには、何も知らないのだが。
その答えに切なくなる暇なんてなく、俺は流されるままに数年が経ち、婚約者である菜月との結婚式の日を迎えた。

「今日という日を待ち望んでいましたの!冬彦さんと結婚……ああ、夢のようですわ……!」

「そうだな」

「……冬彦さんは、私との結婚喜んでくれませんの?」

「それは、」

違う、と言い切れなかった。
俺は結局のところ、菜月のことを好きになることはできなかったのだから。

「……春陽さんが、好きだからですか?」

「……っ、なんで」

「ふふ、女の勘、というやつですよ」

「……すまない」

「謝らないでください。わたくしが惨めな女みたいに感じてしまうではありませんか」

「すまな、」

「わたくし、ずっと冬彦さんのこと見て来ましたの。ずっとずっとお慕いしておりました。だから分かったのですわ。冬彦さんが春陽さんのことを好ましく思っていることくらい」

でも、わたくしは怖かったんですの。
『婚約者』という立場があるから冬彦さんはわたくしに付き合ってくださるけれども、そうでなかったら?

「そう考えたら、怖かったんですの」

「菜月……」

「でも、もう大丈夫ですわ」

「何を言って、」

菜月は立ち上がる。何かを諦めたように。いや、どちらかと言うと何かを断ち切ったような顔をして。
自分が纏っていたベールを菜月は自分の手で取ると、そのベールを俺に差し出す。

「菜月?」

「これは冬彦さんがくださったベールです。ですから、一等似合う方へ差し上げてくださいませ」

「……ありがとう」

「不思議ですわね。わたくし達、春陽さんが居なくなってからたくさん言葉を交わしてきた筈なのに、今ようやく初めて心が繋がった気がします。それだけでわたくしは満足ですわ」

本当に満足だと告げるような顔をした菜月は、微笑みながら人差指を俺の背後に向けて指した。

「とっておきのサプライズですの」

菜月は少女のように笑いながらそう言った。
けれどもそんな菜月に俺は何も言えなかった。

「いやいや、ナニコレ。なんのドッキリ?」

両脇を黒服の男、恐らく菜月のボディーガードに抱えられながら、状況判断に努めようとしているのは、俺が恋焦がれ続けた女だった。
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