【side story】春告げ鳥が哭いた日【完結済】

生きているだけ勝ちなんですよ。と誰かが言った。
その子はもう死んでしまったけれども。
這い蹲って、泥水啜ってでも生きることが私は美徳だとは思わない。
でも、確かに生きているということは何かに繋がるのではないかとも思った。

「いやぁ、わざわざこっちまで来て頂いてありがとうございました」

――黒衣の死神。
そう称される男にそう言えば端的に「丁度良く用事が出来たところだった」と吐き捨てた。
大方、銀髪の悪魔の仕業だろう。そうでなければ多忙を極めるこの男がわざわざあたしなんかの始末には来ない。
それこそ適当な始末屋にでも『お願い』すれば良かっただけの話だ。

「常々思っていたが、お前も存外馬鹿だったようだな」

「あはは、まあ、こんなヘマしたら何も言えません」

「違う」

「へ、」

「お前に感情を植え付けるまでが、あのビッチの手の内だ」

「……そうなんですかねぇ?」

本当にあの方はそこまで考えていらっしゃるのだろうか?
ただ単に仕事に飽きたから適当な駒であるあたしを使って遊んでいたのではなかろうか。

「あたしは、それでもヘマをしましたよ」

「――お前、逃げる気か?」

「……逃げる?」

今まで必死に生きてきた。
何故ならそれが生存本能というヤツだったから。
あたしの心は望まなくても、あたしの身体が求めていなくても。
食べる為なら誰にだって股を開いたし、生きる為なら誰にだって媚びを売った。
だって、それが生きるということだったから。
だから、そう。だから、あたしは逃げるのか。
こんなモノは要らないのだと、この心に植え付けられた感情が訴えるから。

「あたしは、お馬鹿さんで、ぶっきらぼうで、冷たいように見えて凄く優しい、あの人を愛しました」

「……そうか」

「もう、あたしは……あなたの命令でも、他の男に触れられることを厭います」

あたしはあの人の体温を知ったまま生きて、そうして死にたい。
他の男に触れられたくなんてない。

「お前の言い分は分かった」

「はい」

ああ、死神が胸ポケットから黒光りする鉄の塊を取り出した。
ああ、あたしという存在が終わりを迎える時が来た。

「何か、残したい言葉はあるか」

「随分優しいですね、あなたにしては」

「一応、お前は俺の愛人だからな」

「あっは、あの方が形式だけのモノを作りたかったから出来たモノにそんなにも心を裂いてくださるなんて、あたしは光栄ですねぇ」

「そうだな。だが、アイツも俺も、お前を認めていた」

「……最後にその言葉が聞けただけで、あたしは充分です」

大きく手を広げて、あたしは空を仰ぐ。
こんな日なのに凄く綺麗な晴天だ。
まるでこんなゴミみたいな命を、あたしを、世界が受け入れてくれるみたい。

「さようなら、――くん」

きっと、その言葉が最後。
パァンという、命を奪うにはあまりに軽い音が辺りに響き渡った。
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